2か月に一度の美原病院の受診日である。
予約日は先週の金曜日、午前10時からであったが、番犬コロの葬儀が重なり次週回しにしてもらったら今日の午後12時になってしまった。
薬まで調剤して貰って終わったのが午後3時。
その3時間、待合室で受診を待つ人たちの観察をする。
何の事はない自分も他の人から観察されているのであろう。
いい年こいた爺さんが、病院に来るのにハンチンを、それも夏物で汗が滲んだよれよれのものを気取って被り、本などを読んでいる姿は滑稽に映るであろうか。
そんなことは意に介さず、専ら廊下を行き来する同世代を観察する。
この病院はそんな患者が多い。
受付の前の待合空間に自動血圧測定器が設置されている。
看護婦の手間を掛けたくないので此処で測定をし、プリントアウトの紙を渡す事にしている。
自席に戻りその機械を操作する人を見ていたら、若い女性と中年女性が続けて測定した。
小生は、筒状の測定器具に手を差し入れ、肘を曲げてスタートスイッチを押すが、彼女達は真っ直ぐに手を差し込み別な手でスタートスイッチを押している。
それも手の上腕を上にして測定している。
説明書きには手を曲げて測定するようになっているのだが、今時の女性達は曲げる事が嫌いなのだろうか。
どっちでも結果は同じなのか、今度試してみたい。
漫談家の綾小路キミマロの噺に出て来る、「あれから40年」の老婆が通り過ぎる。
膝をやや曲げ、小腰を屈め、体の中心線より後ろに手荷物を持ってバランスを保つ歩く姿そのものである。
その方は行ったり来たりと、2度ほど往復するから、つい笑ってしまった。
キミマロが舞台で活写する老婆の姿そのものである。
車椅子で来院するのは爺さんが多く、それを娘か倅が介助してくるが、奥さんが手押しで来るのも多い。
奥さんという表現はもう当たらない、婆さんが押して来るのである。
白粉の乗らない皺顔に気持ち粉を付け、舅や姑を見送って今度は亭主を介護しなければならない定めを諦め顔で順番を待っている姿は切ない。
好き勝手に生きて来た亭主の最期を看取るために此処までしなければならないのか、白粉の乗らない顔は訴えているかのようである。
受付番号が10番以内になったので診察室の前に移動した。
そこに知った顔がおり、「やあー暫く」と空いている隣に座った。
彼は奥さんと娘が一緒である。
数年前軽い脳梗塞を患い美原に通院している事だが、それにしては随分重介助で来院していると思った。
傍らの奥さんに、「役所で一緒だった近藤さんだよ」と、紹介してくれた。
「ああ暫くでした、随分立派になってお父さんも幸せね」??????。
こんな会話が2・3分置きに繰り返される。
娘と何事か会話をしていたら、突然小生に顔を向け話し掛ける。
「昔はお酒飲んだんでしょう」???????。
適当に「若かったからね、旦那は飲まなかったけ?」と受け答えをする。
こんな会話がループするのである。
随分おぺんちゃらをする奥さんだなと、やや持て余していたら彼の知人が「家の母ちゃん、物忘れが酷くなって一緒に診察して貰うんで来ている」との事であった。
物忘れ外来に来ていたのだ。
それで納得。
たった今の会話を忘れてしまい、顔見知りの記憶だけが働いて会話を続けていたのであった。
病気は辛い。
自分の意思とは違った意思が働き、悟られない様に気を使う意思が働くのかもしれない。
生物の本能がそうさせるのだろう。
コロも、そうであった。
病み始めると、暗がりに隠れるように身を寄せ、外敵から逃れるようにしていた。
10月4日に合同供養祭するとの通知がくる。
埋葬に立ち会わなかった倅家族が行って来るとの事で、我々は家で供養の線香でもあげてやる事にする。
2015年10月2日金曜日
2015年6月20日土曜日
ラスクの原田さん、太っ腹
熊本に住んでいる二男に群馬名産をと、いろいろ詮索したが「原田のラスク」を購入する事にした。
2・3度購入に出掛けたが、道不案内で新町まで行くのも、高崎に買いに行くのも距離的に遠いため、インターネットで探す事にした。
幸い直ぐにヒットしたので値ごろ感のある物を注文した。
全く便利な世の中になったものだと、感心しながら支払い方法を調べた。
驚いた事に、後日払いとなっている。
一般的にインターネット購入は、Amazonにしても三越にしても代金先払いで、入金が確認されて送付されてくる。
又は、代引きと言う方法が有るが、手数料が掛かる。
此れまでは、コンビニで入金してメールで確認と発送日を知らせてくる。
これはこれで便利であるが、コンビニまで2度手間となる。
この点、原田さんの方法は相手が受け取った事を確認して入金伝票が送られてくるから、郵便局やコンビニへ支払えばいい制度である。
不納になる事も考えられるが、メールアドレス、住所氏名を明記して発注するから居所はすぐ判明するかもしれないが、請求事務が大変になるのではと、他人事ながら心配した。
ましてや、メールアドレスと住所氏名が一致しているとは限らないから、やる気になればする輩もいるのでは、と思いながら百も承知で商売する度量に感服した。。
何れにしても、味よし、気前良しの原田さんと、今回は認識を新たにした。
2・3度購入に出掛けたが、道不案内で新町まで行くのも、高崎に買いに行くのも距離的に遠いため、インターネットで探す事にした。
幸い直ぐにヒットしたので値ごろ感のある物を注文した。
全く便利な世の中になったものだと、感心しながら支払い方法を調べた。
驚いた事に、後日払いとなっている。
一般的にインターネット購入は、Amazonにしても三越にしても代金先払いで、入金が確認されて送付されてくる。
又は、代引きと言う方法が有るが、手数料が掛かる。
此れまでは、コンビニで入金してメールで確認と発送日を知らせてくる。
これはこれで便利であるが、コンビニまで2度手間となる。
この点、原田さんの方法は相手が受け取った事を確認して入金伝票が送られてくるから、郵便局やコンビニへ支払えばいい制度である。
不納になる事も考えられるが、メールアドレス、住所氏名を明記して発注するから居所はすぐ判明するかもしれないが、請求事務が大変になるのではと、他人事ながら心配した。
ましてや、メールアドレスと住所氏名が一致しているとは限らないから、やる気になればする輩もいるのでは、と思いながら百も承知で商売する度量に感服した。。
何れにしても、味よし、気前良しの原田さんと、今回は認識を新たにした。
2015年3月29日日曜日
パソボラMネットの生い立ち
発起人会を伊勢崎南公民館に置いて開催
平成14年6月27日、県長寿社会づくり財団主催「パソコン・インターネット指導者養成講座」修了者(平成12年2月20日受講)6人が集い、現在、全国的に行われている「IT講座」の問題点について話し合う。
その結果、高齢者に合わせた「IT講座」が必要であるとの認識で一致する。
平成14年7月19日から翌年8月まで毎週金曜日午後6時から9時30分 参加者20人で自主結成した「いせさきパソコン初心者クラブ」をサポートする。
「いせさきパソコンボランティア・Mellowネット」設立
平成15年1月14日伊勢崎中央公民館に於いて7人で立ち上げる。
「情報化社会において、パソコンを習いたいという思いを抱く高齢者に対して、同年代のものが同じ目線からお互いに勉強し合う事により、文明の利器で文字が打て、はがきが作れるようになり、メールの交換が手懸けられるまで、ゆっくりと、分かりやすく、楽しく出来る講座を作り、高齢者がデジタル社会の弱者にならない手助けをする。」をモットーにボランティアとしてスタートする。
伊勢崎市シルバーセンター事業「シニアパソコン教室」を運営
シルバー人材センターからの依頼と言う形を取り、「シニアパソコン教室」を運営、10人が参加する。平成15年3月10日から4日間、午後1時30分から5時まで。
手作りテキストにより、パソコンを知ろう・文字を入力しよう・通知文を作ろう・はがきの作成と宛名の作成について学習する。
パソコンはセンターの名義で県社会福祉協議会から借用し、会場は伊勢崎市社会福祉会館の会議室を借りる事が出来、人集めもセンターが市老人会に声を掛け、定員を満たす事が出来た。
こうして何もかも他力本願のスタートで始まったのであるが、何しろ財政的な裏ずけなし、場所なし、設備なしの三無状態でスタートした。
当時は会費として2000円ずつ出し合い、運営費としていたがたちまち底をつき、印刷などは自前で行っていた。
三郷高齢者学級パソコン教室を運営
市のIT講座を修了した老人会の有志が、引き続き学習をしたいと結成したグループの代表者から、指導者としての話しが持ち掛けられ、引き受ける事になる。
この頃になると、Mネットも11人体制となり、組織的に活動出来るようになる
平成15年4月から8月まで週1回、10人編成のグループを指導する事になる。
その後このグループは、パソコン持込み講座となり構成メンバーも増えてA班とB班に分かれ、顔ぶれもだいぶ変わっては来たものの、長い人は今日まで12年間継続している。
伊勢崎市高齢者介護予防事業の受託
こうした活動が実を結び、市高齢福祉課から国の介護予防事業予算が付いたと言う事で、具体的な事業としてパソコン講座を開講してもらいたいとの話が舞い込んだ。
委託料として 30万円交付され、この交付金の一部で生涯学習館第5教室のカーテンを新調する。市政たよりで募集した結果、84人の高齢者が応募した。
この事業で参加した方々が現在まで学習を継続し、「アテネットクラブ」として学習を続け、ステップアップの方達の一部がメンバーとして加わる事になる。
Mネット活動の基礎になったと言える。
「高齢者による高齢者のための」パソコン手習い塾スタート
●平成15年12月1日から平成16年3月29日の毎週原則月曜日16日間各20人
パソコンを知ろう・文字を入力しよう・カードを作ろう・罫線を利用した案内状の作り方・はがきの作成と宛名の作成・電子メールとインターネットについて学習する。
以降、応募者80人余全員が受講出来るようにと、第2部、第3部及び第4部と順次開講し、平成16年7月28日まで継続する。
Mネットの構成メンバーも11人となり、関係機関からの助成金の交付が受けられ財政的にも余裕が出て、自前のプロジェクターを持つ様にまでなった。
「パソコン学習クラブ」への発展
延べ80人の手習い塾講座が終了し、次の展開を求める要望に応えるため次のような講座をスタートさせた。
平成16年11月15日、「パソコン学習クラブアテネット月曜コース」
同 17日、「パソコン学習クラブステップアップコース」
同 19日、「パソコン学習クラブアテネット金曜コース」
同 17日、「パソコン学習クラブステップアップコース」
同 19日、「パソコン学習クラブアテネット金曜コース」
こうして暗中模索しながら、関係機関の財政的支援や熱心なる高齢者の参加でMネットのパソコン活動が継続出来たと思っている。
2015年3月3日火曜日
柏屋うどん店に行く
友人の倅さんがうどん店を開業した。
場所は、伊勢崎市の赤堀地区下触町の北に位置し、住宅地と農地が混在している新興住宅地
内と言う所。通りから離れているが、通りに大きな看板が出ていたので難なく着いた。
屋号の由来は、曽祖父から3代続くお菓子屋の屋号を譲り受け
「柏屋」と命名した。
「柏屋」は、伊勢崎でも「苺大福」が美味しいお店として知られて
いる。

華蔵寺運動公園内市営野球場
の道路北側にあり、大手町店が
駅前通りを南下した昔からの店構えで営業をしている。
3年の修業を経て、昨年辺りから開店の準備に入った事を聞い
ていたので、現役当時買い求め、死蔵されていた食器を寄付し
たが、我々としては断捨離の一環で引き取って貰ったのだから
惜しくも無い。
店構えは、ログ風の変わった造りで、うどん屋と書かれていないと分からない。

内部も薪ストーブが設えてあり、山小屋を思わせる。
店内は一杯で、カウンター席で間に合わせる。
「茸うどん」に「えび天」をトッピングする。
倅さんは手慣れた手つきで、余り待たせずに出来上がって来
た。
先ず味見する、味よ~し。かつ節の味が出て、うす味なのがいい。
うどんの歯応え、固くなく軟でなくコシもある、うどんよ~し。
コシが有って旨いと言うお店に行った事が有るが、顎が痛くなるような感触で戴けない。
海老天もかっらと揚げられていたが、しっぽの先が切られていないのが減点。
油は良いのを使っているのであろう、胸やけが来ない。
器が微妙だ、普通麺類は瀬戸のどんぶり物の印象が有るが、プラスチックは運搬には軽く
洗いも楽だ。母親の労力削減を考えての結果なら仕方がない。
箸は箸袋に入れた割り箸。衛生的で合格。
だだ残念な事に袋に屋号が印刷されてない。千慮の一失か。
しかし味は良い、美味いうどんで安い。
所は、伊勢崎市の赤堀地区、下触町の北に位置するので一度
場所は、伊勢崎市の赤堀地区下触町の北に位置し、住宅地と農地が混在している新興住宅地
内と言う所。通りから離れているが、通りに大きな看板が出ていたので難なく着いた。
華蔵寺運動公園内市営野球場
の道路北側にあり、大手町店が
駅前通りを南下した昔からの店構えで営業をしている。
3年の修業を経て、昨年辺りから開店の準備に入った事を聞い
ていたので、現役当時買い求め、死蔵されていた食器を寄付し
たが、我々としては断捨離の一環で引き取って貰ったのだから
惜しくも無い。
店構えは、ログ風の変わった造りで、うどん屋と書かれていないと分からない。
内部も薪ストーブが設えてあり、山小屋を思わせる。
倅さんは手慣れた手つきで、余り待たせずに出来上がって来
た。
先ず味見する、味よ~し。かつ節の味が出て、うす味なのがいい。
うどんの歯応え、固くなく軟でなくコシもある、うどんよ~し。
コシが有って旨いと言うお店に行った事が有るが、顎が痛くなるような感触で戴けない。
海老天もかっらと揚げられていたが、しっぽの先が切られていないのが減点。
油は良いのを使っているのであろう、胸やけが来ない。
洗いも楽だ。母親の労力削減を考えての結果なら仕方がない。
だだ残念な事に袋に屋号が印刷されてない。千慮の一失か。
しかし味は良い、美味いうどんで安い。
お出かけを。
2月4日、器で事実誤認が有った様なのでここで訂正。
どんぶりがプラスチックと言うのは間違いで、木の器を特製したとの事、気が付かづ失礼をしまし
た。
た。
| 県道石山線北上、石山手前矢内精工を右折、最初の信号左折直進すると看板有。 |
2014年11月24日月曜日
政治家の口癖民意とは
今回の解散について巷では、大儀なき解散、国費の無駄使い等々の意見が出ている。
同感するも、いまいち視点を変えて安倍さんの心境を推し量ってみたい。
経済政策の安倍のミックスは道半ばで、これを成し遂げるには国民の信を問いたいとして、「アベノミックス解散」と命名していたが、本当にそうであろうか。
3本の矢とやらを放ち、先頃金融緩和も打ち出した。
4本目、5本目と手を打つのに何の躊躇いが有ろうか、むしろ安定政権の上に立っての政策遂行であるし、野党の反対など歯牙にもかけないで行けた筈である。
なのに解散とは、結局内閣の不協和音があるのではなかろうか。
来年10月から消費税10%にするとした経過措置を遂行するには、現状分析でアベノミックスの効果が出ていないと判断する総理側と、予定通り引き上げるべきとした財務省の息が掛かる麻生大臣や元財務大臣経験者の谷垣幹事長ほか財務省から恩恵を受ける議員側との対立では無いだろうか。
1年半延期とするか、財務省の筋書きを代弁するか、天秤に掛けられてしまった推進派は解散選挙に口を閉ざさざるを得ず、増税を口にして選挙は出来ないとみた総理側の作戦ではなかろうか。
こうして700億円の公費を投じて党内粛清を図ったのであろうと、下司の勘ぐりをしたがどうであろうか。
そこには民意も無く、保身と延命策でしかないように感じる。
いっとき国民は増税を延期されるが、同じ投票行動に走れば1年後は嫌も応も無く10%の消費税に喘ぐことになる。
国、地方の議員定数を削減し、歳費の引き下げと歳費以外の費用を廃止した政策を打ち出し、それから国民に負担を訴えるべきではなかろうか。
一番呆れたのは、何時もながらの万歳解散である。
馬鹿かと言いたいほどの醜態である。
そこには民意の「み」の字も無い、マンネリと打算しか働いて居ない印象を受けた。
同感するも、いまいち視点を変えて安倍さんの心境を推し量ってみたい。
経済政策の安倍のミックスは道半ばで、これを成し遂げるには国民の信を問いたいとして、「アベノミックス解散」と命名していたが、本当にそうであろうか。
3本の矢とやらを放ち、先頃金融緩和も打ち出した。
4本目、5本目と手を打つのに何の躊躇いが有ろうか、むしろ安定政権の上に立っての政策遂行であるし、野党の反対など歯牙にもかけないで行けた筈である。
なのに解散とは、結局内閣の不協和音があるのではなかろうか。
来年10月から消費税10%にするとした経過措置を遂行するには、現状分析でアベノミックスの効果が出ていないと判断する総理側と、予定通り引き上げるべきとした財務省の息が掛かる麻生大臣や元財務大臣経験者の谷垣幹事長ほか財務省から恩恵を受ける議員側との対立では無いだろうか。
1年半延期とするか、財務省の筋書きを代弁するか、天秤に掛けられてしまった推進派は解散選挙に口を閉ざさざるを得ず、増税を口にして選挙は出来ないとみた総理側の作戦ではなかろうか。
こうして700億円の公費を投じて党内粛清を図ったのであろうと、下司の勘ぐりをしたがどうであろうか。
そこには民意も無く、保身と延命策でしかないように感じる。
いっとき国民は増税を延期されるが、同じ投票行動に走れば1年後は嫌も応も無く10%の消費税に喘ぐことになる。
国、地方の議員定数を削減し、歳費の引き下げと歳費以外の費用を廃止した政策を打ち出し、それから国民に負担を訴えるべきではなかろうか。
一番呆れたのは、何時もながらの万歳解散である。
馬鹿かと言いたいほどの醜態である。
そこには民意の「み」の字も無い、マンネリと打算しか働いて居ない印象を受けた。
2014年9月14日日曜日
第8回社会福祉法人「ぶどうの木」夏祭り
9月13日土曜日、「ぶどうの木」夏祭りが盛大に開催された。
伊勢崎市長、市議会議長、地元選出県、市議会議員が応援に駆けつけてくれた。今から8年前、故森村三美氏と森田修氏が発起人となり、私財を投げ打って設立した施設である。
公的支援が受けられない知的障碍者の受け皿として計画されたが、態勢は整えたが当初は予定した入所者が見込めず、経費ばかりが掛かり赤字続きが3・4年続いた。
その頃は、職員への夏季、年末手当も理事長と施設長の懐から、同種職員の10分の1程度支給されれば御の字の状態であった。
その後受入れも順調に運び、ようやく収支トントンの状態が維持出来るまでになった。
そうした経営状況にあっても、当時の施設長はクリスマス祝い、餅つき大会、夏祭り、バス旅行を計画し、入所者のリクリエーションには殊の外配慮していた。
我々役員は勿論、支援者、父兄全てがボランティアとして労力を提供し、畑仕事、大掃除、諸催しの裏方として従事し今日を迎える事が出たように思う。
当時、高等部卒業して職業訓練に携わっているN君は25歳になり、立派な青年に成長した。
入所児者は挨拶がしっかりしている。
大地君は目が不自由だから楽譜が読めず耳だけで音を聞き分け、サックス演奏者として各地に呼ばれコンサートを開いている。この大地君は来訪者の声を聞き分け「誰々さんコンニチワ」と、大声で挨拶してくる。
そうしたエピソードは枚挙に暇が無いほどあるが、今回は夏祭りを写真で紹介したい。
懐かしい方の写真も撮れた。
今回は3Mの写真を「縮專」と言うフリーソフトで50K程度に圧縮して掲載した。
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| 近隣の皆さんが大勢詰めかけている |
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| ぶどうの木合唱団 |
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| ぶどうの木合唱団 |
![]() |
| 三郷レクダンスの皆さん、写っているのは誰でしょう? |
| 豊受ジュニアダンススポーツのに皆さん |
2014年6月2日月曜日
Chromecastで映画鑑賞
先日設定したChromecastを利用して「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」を鑑賞する。
しかし、TVドラマ「相棒」も同じパターンであるが、殊更陰湿な警察内部が多く描かれるのか、理解に苦しむ。
警察庁と警視庁の対立、本庁と所轄署の階級格差、署内部の優劣、上級幹部の責任回避と隠ぺい体質、無能等々。
それまでの警察ドラマと違った設定なのだろうが、反面あのようなドラマばかり描かれると警察への信頼感が損なわれ兼ねないと、杞憂する。
しかし「踊る大捜査線」は、奇想天外な映画であった。
このDVDが当時オリコンで1位になったとの事だから、恐れ入った。
この映画は、いかりや長介扮する人物が台詞の中に出て来るだけだから、亡くなった後に出来たものらしい。
織田裕二の青島刑事が幹部の画策で身分をはく奪されても捜査をしてゆくのだが、何の根拠もなく「和久さんならこうするだろう」と、幼児誘拐犯人の気持ちになって逃走経路を辿って行く。
最初は自転車、次は走りでどのくらいの距離なのか、とにかく犯人が幼児を隠した倉庫に辿りつく。
この辺がまだるく、現実離れで、観てて息苦しくなる場面が延々と続く。
対して、深津絵里のすみれ刑事が、過去に受けた銃弾の後遺症のため退職し、実家の大分に夜行バスで帰る車中で事件を知る。
そのバスをハイジャックして事件現場に突入し危機を救うのだが、退職届を出した一般人が乗客を乗せて走行中の高速バスをユータウンをさせ、何処に有るのかわからない倉庫を突き止め、犯人に銃口を突き付けられている場所の壁を突き破り、犯人を跳ね飛ばし幼児と青島刑事を救う事になるのだが、ここに至っては全く唐突で馬鹿げた設定で、青島とすみれが無事を確認して抱き合うシーンも不自然極まりない。
更に、最後の最後に水戸黄門ドラマ風に勧善懲悪場面が用意されている。
隠ぺい画策をしたトップが退職に追い込まれ、力を落とした姿が映し出されて終わりとなる。
こんなドラマを2時間も見ているアホも居るのだが、あくまでChromecastのテストとして200円を払って実験をしてみたものだ。
パソコンやタブレットで見るよりテレビ画面は大きく、より映画館に近づく迫力が出るが映画館には到底及ばないことは確かである。
値段で見るしかないが、そのためのCastとして利用するしかないし、DVD鑑賞より手軽である。
しかし、TVドラマ「相棒」も同じパターンであるが、殊更陰湿な警察内部が多く描かれるのか、理解に苦しむ。
警察庁と警視庁の対立、本庁と所轄署の階級格差、署内部の優劣、上級幹部の責任回避と隠ぺい体質、無能等々。
それまでの警察ドラマと違った設定なのだろうが、反面あのようなドラマばかり描かれると警察への信頼感が損なわれ兼ねないと、杞憂する。
しかし「踊る大捜査線」は、奇想天外な映画であった。
このDVDが当時オリコンで1位になったとの事だから、恐れ入った。
この映画は、いかりや長介扮する人物が台詞の中に出て来るだけだから、亡くなった後に出来たものらしい。
織田裕二の青島刑事が幹部の画策で身分をはく奪されても捜査をしてゆくのだが、何の根拠もなく「和久さんならこうするだろう」と、幼児誘拐犯人の気持ちになって逃走経路を辿って行く。
最初は自転車、次は走りでどのくらいの距離なのか、とにかく犯人が幼児を隠した倉庫に辿りつく。
この辺がまだるく、現実離れで、観てて息苦しくなる場面が延々と続く。
対して、深津絵里のすみれ刑事が、過去に受けた銃弾の後遺症のため退職し、実家の大分に夜行バスで帰る車中で事件を知る。
そのバスをハイジャックして事件現場に突入し危機を救うのだが、退職届を出した一般人が乗客を乗せて走行中の高速バスをユータウンをさせ、何処に有るのかわからない倉庫を突き止め、犯人に銃口を突き付けられている場所の壁を突き破り、犯人を跳ね飛ばし幼児と青島刑事を救う事になるのだが、ここに至っては全く唐突で馬鹿げた設定で、青島とすみれが無事を確認して抱き合うシーンも不自然極まりない。
更に、最後の最後に水戸黄門ドラマ風に勧善懲悪場面が用意されている。
隠ぺい画策をしたトップが退職に追い込まれ、力を落とした姿が映し出されて終わりとなる。
こんなドラマを2時間も見ているアホも居るのだが、あくまでChromecastのテストとして200円を払って実験をしてみたものだ。
パソコンやタブレットで見るよりテレビ画面は大きく、より映画館に近づく迫力が出るが映画館には到底及ばないことは確かである。
値段で見るしかないが、そのためのCastとして利用するしかないし、DVD鑑賞より手軽である。
2014年4月23日水曜日
旬の筍をご馳走さま
Sさんと言うパソ仲間がいます。
広大な屋敷の北西に孟宗竹の防風林が有り、この時期になると毎年筍料理を持参してくれています。
今年は自分達で掘り、灰汁だしをして食べてみようという事になり、パソインス4・5人に声を掛け、お邪魔する事になりました。
ブログでお馴染みの「ヨーコ」がわんわんとお出迎えです。
結果的にこの「ヨーコ」は、我々が帰るまで吠え続けていました。
家内からはあまり貰って来られても作るのが大変だからと、釘を刺されていましたので二つ三つ掘ればと思っていましたが、あるある、至る所に頭を出している。
「雨後の竹の子」と、言うに相応しい光景です。
馬力のあるTさんが掘り出し、小生はその穴埋めと、自分で役割を決めての作業です。
瞬く間に一輪車に積み切れず、買い物籠にも一杯の収穫となりました。
配分になり、あまり労働をしない小生としてはしゃしゃり出て確保する訳には行きません。
しかし順番に筍を選別選びをして、5本をゲットしました。
背丈の伸びたのは表面が固いから、と言われていたので小さ目の物を選んでいたらSさんが「家のは大きいほど美味しいから」と言われ、2本だけ背丈の伸びた奴を選んだしだいです。
しかし、家に持ち帰ると、こんなに貰って来ては作るのが大変だからと、家内は普段お世話になっている方に2本ほどお裾分けをしたので、3本を調理する事になりました。
皮を剥いてみると、あのずんぐりむっくりがなんと細いこと。
3分の1ほどになってしまうのは驚きです。
竹の子生活とよくいう事が有りますが、無い人間がする事ではなく、着ぶくれた資産家が財産を切り売りして行く様ではないかと、想像される姿です。
約2時間ほど糠で煮込み、軟らくなったところで一晩漬け置きして今朝食べる事が出来た。
これを家内がNHKで観た番組の調理法で作り上げ、今朝の食卓の一品になり、これが結構うまい。
醤油と味醂を混ぜ合わせた汁に浸しごま油で炒めたもので、ごまの香ばしい匂いと、旬の筍の新鮮な食感が微妙である。
これに山椒の木の芽を振り掛ければ最高らしいが、我が家は三つ葉で間に合わせる。
新鮮な筍を提供してくれたSさん、ありがとうございました。
そのうえ、いろいろとおもてなしを頂き、とくに「初恋物語」と言うフルーツトマトを今年初めて食べる事が出来ました。
初物三昧で寿命が延びる事でしょう。
お世話になった皆さんにもお礼を申し上げます。
広大な屋敷の北西に孟宗竹の防風林が有り、この時期になると毎年筍料理を持参してくれています。
今年は自分達で掘り、灰汁だしをして食べてみようという事になり、パソインス4・5人に声を掛け、お邪魔する事になりました。
ブログでお馴染みの「ヨーコ」がわんわんとお出迎えです。
結果的にこの「ヨーコ」は、我々が帰るまで吠え続けていました。
| 【Sさんのブログから拝借】 |
「雨後の竹の子」と、言うに相応しい光景です。
馬力のあるTさんが掘り出し、小生はその穴埋めと、自分で役割を決めての作業です。
瞬く間に一輪車に積み切れず、買い物籠にも一杯の収穫となりました。
配分になり、あまり労働をしない小生としてはしゃしゃり出て確保する訳には行きません。しかし順番に筍を選別選びをして、5本をゲットしました。
背丈の伸びたのは表面が固いから、と言われていたので小さ目の物を選んでいたらSさんが「家のは大きいほど美味しいから」と言われ、2本だけ背丈の伸びた奴を選んだしだいです。
しかし、家に持ち帰ると、こんなに貰って来ては作るのが大変だからと、家内は普段お世話になっている方に2本ほどお裾分けをしたので、3本を調理する事になりました。
皮を剥いてみると、あのずんぐりむっくりがなんと細いこと。
3分の1ほどになってしまうのは驚きです。
竹の子生活とよくいう事が有りますが、無い人間がする事ではなく、着ぶくれた資産家が財産を切り売りして行く様ではないかと、想像される姿です。
約2時間ほど糠で煮込み、軟らくなったところで一晩漬け置きして今朝食べる事が出来た。
これを家内がNHKで観た番組の調理法で作り上げ、今朝の食卓の一品になり、これが結構うまい。醤油と味醂を混ぜ合わせた汁に浸しごま油で炒めたもので、ごまの香ばしい匂いと、旬の筍の新鮮な食感が微妙である。
これに山椒の木の芽を振り掛ければ最高らしいが、我が家は三つ葉で間に合わせる。
新鮮な筍を提供してくれたSさん、ありがとうございました。
そのうえ、いろいろとおもてなしを頂き、とくに「初恋物語」と言うフルーツトマトを今年初めて食べる事が出来ました。
初物三昧で寿命が延びる事でしょう。
お世話になった皆さんにもお礼を申し上げます。
2014年3月25日火曜日
青年婦人部役員も今や面影なし
今から半世紀前、勤務先の職員組合下部組織として青年婦人部と言う組織があった。
男は30歳まで、女性は職にある限り部員の資格があった。
血気盛んで、向う見ずな言動で役員に押され、ビラ入れ、デモ行進などの先兵として利用されていた。
その後、役員を退いた後もグループとして交際を続け、結婚式の段取り進行などを手掛けるなどして花見、暑気払い、忘年会などを開催して付き合い続けた。
そうこうして居る内に女性は結婚して退職し、我々も定年で一人去り、二人去りと現職が居なくなってしまい、何時しか交際も疎遠となっていた。
男性はその後も韓国旅行などもしたが、今度は病気で一人欠け、二人欠けの状態となってしまった。
そのグループが今年の年金者団体の新年会で再会したのを契機に再結成する話がまとまり、3月25日火曜日午後11時から一心太助で食事会する事になり、今日その当日であった。
皆がみんな同じ様に年を経ているから、当時の雰囲気そのままの再会となった。
女性は100歳となった人、遠くに嫁いだ人を除き4人、男は会議が入っているとかで都合が付かない人、トリッキーな行動で早期退職をし、市議会議員選挙に3度立候補して落選している人を除き5人出席した。
まあ良く喋る。
特に女性の話は尽きる事がない。
一人一人の近況報告を話しているのも聞かず、自分の話一辺倒で喋りまくっている。
踊りや水泳などが毎日のようにあるとか、連れ合いの自慢話、挙句の果てに病気の話である。
最初の内は聞いていられたが、こう長っぱなしとなると合槌打つのも面倒になる。
これからも機会を作り、会う事を約し散会したが、会場を間違って遅刻した女性、再会した人の顔を覚えていない人がいるのが気になるが、お互い記憶が確かな内に又会いたいものである。
男は30歳まで、女性は職にある限り部員の資格があった。
血気盛んで、向う見ずな言動で役員に押され、ビラ入れ、デモ行進などの先兵として利用されていた。
その後、役員を退いた後もグループとして交際を続け、結婚式の段取り進行などを手掛けるなどして花見、暑気払い、忘年会などを開催して付き合い続けた。
そうこうして居る内に女性は結婚して退職し、我々も定年で一人去り、二人去りと現職が居なくなってしまい、何時しか交際も疎遠となっていた。
男性はその後も韓国旅行などもしたが、今度は病気で一人欠け、二人欠けの状態となってしまった。
そのグループが今年の年金者団体の新年会で再会したのを契機に再結成する話がまとまり、3月25日火曜日午後11時から一心太助で食事会する事になり、今日その当日であった。
皆がみんな同じ様に年を経ているから、当時の雰囲気そのままの再会となった。
女性は100歳となった人、遠くに嫁いだ人を除き4人、男は会議が入っているとかで都合が付かない人、トリッキーな行動で早期退職をし、市議会議員選挙に3度立候補して落選している人を除き5人出席した。
まあ良く喋る。
特に女性の話は尽きる事がない。
一人一人の近況報告を話しているのも聞かず、自分の話一辺倒で喋りまくっている。
踊りや水泳などが毎日のようにあるとか、連れ合いの自慢話、挙句の果てに病気の話である。
最初の内は聞いていられたが、こう長っぱなしとなると合槌打つのも面倒になる。
これからも機会を作り、会う事を約し散会したが、会場を間違って遅刻した女性、再会した人の顔を覚えていない人がいるのが気になるが、お互い記憶が確かな内に又会いたいものである。
2014年2月19日水曜日
平成豪雪を教訓とすべし
平成26年2月、8日、14日と大雪に見舞われ、取り分け14日から15日に掛けての降雪量は113年ぶりの豪雪という。
問題は、こうした気象現象が起きると「想定外」という表現を使うのが一般的である。
しかし本当にそうであろうか、
過って勤めていた時に同じ様な事があり、幹部会議で発言したことがあった。
阪神淡路大地震の教訓を踏まえ、広瀬川右岸の連取町付近に大規模な貯水槽を作る案を策定して上申した。
地震で弱いのは水道管である事は前々から分かっていたが、阪神淡路で如実に体験してきた。
それを踏まえて市南部方面の水源確保の計画を策定したが、見事に却下された。
100年か1000年に一度の災害である、無駄な投資であるとの見解であった。
しかし、今の現状はどうだろうか。
東北大震災は阪神淡路から何年経っているか。
100年も経たずに大震災は発生し、今なお修復の目途も立っていないし、仮設住まいを余儀なくされている。
その間何の対策も立てられずに、あの3.11に遭遇してしまったのだ。
今回の豪雪、関東の人間は豪雪と称しているが、北陸や東北の雪国の人達は何を慌てふためいているか不思議に思っているに違いない降雪であるが、孤立集落、食料品不足、燃料不足等々非常時災害と同じ現象が露呈している。
そうした状況下にありながら、県、市町村で災害対策本部を立ち上げ住民救済を打ち出していないのはどうした認識であろうか。
雪は別なのか。
大雨で洪水になればいいのか。
地震で倒壊家屋が出ればいいのか。
その判断基準が分からないが、こうした豪雪で幹線道路が渋滞し、孤立集落が発生し、流通物資が停滞する状態、自由が利かなくなる市民生活が目の前には発生した場合、それを災害と捉えないで何を以て災害とするのか。
そしてこれを教材に行動して見る事である。
行政の長は通常業務を半減しても、市民の足を確保するために人を回す訓練をすべきである。
融雪剤などの散布、除雪車両の出動を積極的に指示し、何が不足で至らなかったのか検証できるのである。
今後予想される東京直下大地震の実習演習とすべきであった。
指揮官である、知事、市町村長の問題意識が問われるここ2週間の出来事であった。
余談であるが、伊豆大島の豪雨災害時の町長、副町長の首長が問題になっているが、吊るし上げをした「朝ズバ!」に批判が出ている。
しかし、基本は町のトップ二人が同時に出張する認識である。
過去の火山噴火の体験のある大島町でも年月が経てば忘れてしまい、行政のトップ二人が町を不在にしている事は、危機意識が欠如していると指弾されても仕方のない行動である。
携帯電話も持ち合わせているだろうし、職員からの情報、テレビニュース、それに基づく指示も出来る環境下にある時代である。
宴会で飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをしていたと、穿った見方をされても致し方のない行動であった。
問題は、こうした気象現象が起きると「想定外」という表現を使うのが一般的である。
しかし本当にそうであろうか、
過って勤めていた時に同じ様な事があり、幹部会議で発言したことがあった。
阪神淡路大地震の教訓を踏まえ、広瀬川右岸の連取町付近に大規模な貯水槽を作る案を策定して上申した。
地震で弱いのは水道管である事は前々から分かっていたが、阪神淡路で如実に体験してきた。
それを踏まえて市南部方面の水源確保の計画を策定したが、見事に却下された。
100年か1000年に一度の災害である、無駄な投資であるとの見解であった。
しかし、今の現状はどうだろうか。
東北大震災は阪神淡路から何年経っているか。
100年も経たずに大震災は発生し、今なお修復の目途も立っていないし、仮設住まいを余儀なくされている。
その間何の対策も立てられずに、あの3.11に遭遇してしまったのだ。
今回の豪雪、関東の人間は豪雪と称しているが、北陸や東北の雪国の人達は何を慌てふためいているか不思議に思っているに違いない降雪であるが、孤立集落、食料品不足、燃料不足等々非常時災害と同じ現象が露呈している。
そうした状況下にありながら、県、市町村で災害対策本部を立ち上げ住民救済を打ち出していないのはどうした認識であろうか。
雪は別なのか。
大雨で洪水になればいいのか。
地震で倒壊家屋が出ればいいのか。
その判断基準が分からないが、こうした豪雪で幹線道路が渋滞し、孤立集落が発生し、流通物資が停滞する状態、自由が利かなくなる市民生活が目の前には発生した場合、それを災害と捉えないで何を以て災害とするのか。
そしてこれを教材に行動して見る事である。
行政の長は通常業務を半減しても、市民の足を確保するために人を回す訓練をすべきである。
融雪剤などの散布、除雪車両の出動を積極的に指示し、何が不足で至らなかったのか検証できるのである。
今後予想される東京直下大地震の実習演習とすべきであった。
指揮官である、知事、市町村長の問題意識が問われるここ2週間の出来事であった。
余談であるが、伊豆大島の豪雨災害時の町長、副町長の首長が問題になっているが、吊るし上げをした「朝ズバ!」に批判が出ている。
しかし、基本は町のトップ二人が同時に出張する認識である。
過去の火山噴火の体験のある大島町でも年月が経てば忘れてしまい、行政のトップ二人が町を不在にしている事は、危機意識が欠如していると指弾されても仕方のない行動である。
携帯電話も持ち合わせているだろうし、職員からの情報、テレビニュース、それに基づく指示も出来る環境下にある時代である。
宴会で飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをしていたと、穿った見方をされても致し方のない行動であった。
2014年1月29日水曜日
君には、愛する家族がいないのか
映画「永遠の0」の中で宮部久蔵が部下に問いかける言葉である。
戦時中、それも敗戦間近の戦況下である。
将校はじめ皆殺気立っている中で、「死んだら泣く人がいるだろう」と言う傍から、育てた部下たちが次から次へと特攻を志願し、確たる戦果も挙げられずに海の藻屑と消えてゆく。
そうした現状を宮部は憔悴し切って見守っている他無い訳だが、ついに自ら志願して特攻として死んでゆく。
この辺の心境は、無駄死にさせてしまう上層部やそれを止められない自責の念が特攻へと突き動かしてしまったのだと想像する。
あれほど死なずに帰ると言って置きながら、遂には家族への愛を打ち捨てなければならないのが、戦争の狂気ともいうべきものだと思う。
例えば会津戦争に於いて切腹した14.5歳の少年が取るべき方法は他に無かったのか。
城下の火災を落城と見誤り、死ぬことを選んだ子供達の心境やいかばかりであったろうか、と想像したときに父母を思い、兄弟を思い決心したのであろうか。
太平洋戦争下におけるサイパン島の玉砕で、民間人が子供を抱いて断崖から飛び降りる姿は正視に堪えないが、まさに戦争が狂気を駆り立てるものであることを証明している。
強い日本はいらない。
昨今、強気の発言が中韓に対して発せられるが、虎の威を借りる狐を想像させる。
結局、アメリカの後ろ盾があってのもので、沖縄の米軍基地の移設問題もそうした背景を以て強行されるのではなかろうか。
沖縄が唯一地上戦の場となり、多くの人達が兵士の弾除けとして死ななければならなかった事を忘れて、振興策と称して膨大な金をばらまくことは沖縄人の精神を破壊するものだと思う。
ここ数日の国会質問で答弁する総理大臣の内容や口調をテレビで見るにつけ、行く末が案じられる気にさせられるのはパソ爺だけであろうか。
戦時中、それも敗戦間近の戦況下である。
将校はじめ皆殺気立っている中で、「死んだら泣く人がいるだろう」と言う傍から、育てた部下たちが次から次へと特攻を志願し、確たる戦果も挙げられずに海の藻屑と消えてゆく。
そうした現状を宮部は憔悴し切って見守っている他無い訳だが、ついに自ら志願して特攻として死んでゆく。
この辺の心境は、無駄死にさせてしまう上層部やそれを止められない自責の念が特攻へと突き動かしてしまったのだと想像する。
あれほど死なずに帰ると言って置きながら、遂には家族への愛を打ち捨てなければならないのが、戦争の狂気ともいうべきものだと思う。
例えば会津戦争に於いて切腹した14.5歳の少年が取るべき方法は他に無かったのか。
城下の火災を落城と見誤り、死ぬことを選んだ子供達の心境やいかばかりであったろうか、と想像したときに父母を思い、兄弟を思い決心したのであろうか。
太平洋戦争下におけるサイパン島の玉砕で、民間人が子供を抱いて断崖から飛び降りる姿は正視に堪えないが、まさに戦争が狂気を駆り立てるものであることを証明している。
強い日本はいらない。
昨今、強気の発言が中韓に対して発せられるが、虎の威を借りる狐を想像させる。
結局、アメリカの後ろ盾があってのもので、沖縄の米軍基地の移設問題もそうした背景を以て強行されるのではなかろうか。
沖縄が唯一地上戦の場となり、多くの人達が兵士の弾除けとして死ななければならなかった事を忘れて、振興策と称して膨大な金をばらまくことは沖縄人の精神を破壊するものだと思う。
ここ数日の国会質問で答弁する総理大臣の内容や口調をテレビで見るにつけ、行く末が案じられる気にさせられるのはパソ爺だけであろうか。
2014年1月25日土曜日
妻沼の聖天様から「永遠の0」を観に行く
妻沼の聖天山歓喜院で遅ればせの初詣
風のない静かな天気に誘われて、妻と半年振りの聖天様に出かける。
50円のお賽銭で子供達や孫の安全祈願をする。
お目当ては門前から少し離れた「辻九」という手打ちそばであるが、昼時であったので満車、そのため妻沼の農産物まで足を延ばす。
妻沼も葱が特産品で妻沼葱として販売している。
地続きの深谷とは目と鼻の先だが、あちらは深谷葱としてブランド化され高く売っている。
土も苗も作り方も同じ物なのだ。
同じような例が大分県と愛媛県を挟む豊後水道で獲れる関サバや関アジなどもブランド化して高値で取引されるが、対岸の新居浜の物は同じ海で獲れるが安い。
一度大分空港で関サバ寿司をどんなものかと食べたが、時価と書いてはあったが1貫800円もしたのに驚いて1貫で止めた。
マグロのにぎりの方が安かったのを記憶している。
高い方を通ぶって食べる。馬鹿な習性だ。
ここは歓喜院の境内で売られている聖天すしが縁起物である。
乾瓢の海苔巻きと普通の3倍ほど長く作られた稲荷寿司である。
夕飯用としてお店に行くが2パックで売れ切れとの事、良く売れるらしい。毎日の事だから結構な商売になる。
利根川を挟んで太田市側にも同じような寿司が売られているらしいが、味が違うとかでわざわざ橋を渡って買いに来る客もいるとか。
「永遠の0」は何を言わんとしているのか
妻沼の帰途、スマークに立ち寄り、Sさん推薦の映画を観た。
あの時代で戦地に行く兵士が生きて還る、ということを言う人間はかなりの異端児扱いされたに違いない。
特に軍隊内であればなおの事。
さらに、操縦を教えた生徒たちに無駄に死ぬな、と言って聞かせるのはかなり勇気のある発言であり、あの狂気の軍隊で理性を持ち続けていた人がいた事は驚きである。
実話でないにしても、このような人もいたに違いない。
昭和30年代頃か、「人間の条件」という小説がベストセラーになり、文庫本で10冊ぐらいになったのではなかろうか、それほどの長編であった。
映画化され仲代達也と新珠三千代が主演し、女性の紅涙を絞ったものだが、観ていた思い出した。
底辺が似ていると。
あの時上映された映画館は大盛座か隣の東宝だったろうか。
満員であった。便所くさい空気とひといきれの中、立ち見までして見たものだ。
今はどうであろうか、プレビの座席は400席あるが観客は3・40人程度と、空気は清浄、椅子もソフトで非常に見易い環境でゆったりと観られる。
観終わって思わず拍手をしそうになった。
しかし、Sさんが言うハンカチを忘れずにというほどでも無かった。
あの戦争末期、大勢に流されず、家族を思い、未来ある知性の死より墜落した飛行機の方が大事と公言する上官を諌める勇気、あの矜持を持ち続けたいものである。
ここ半年の間に、中韓との間がぎくしゃくしているが、最近、変に煽る論調が気になる。
確かに中国の領土意識や韓国の歴史認識が事あるたびに我が国に向けられ、不快な念に駆られる事が再三である。
しかし、ここは過去の反省に立って、日本は近隣諸国と友好関係を保ってきたのだから、「強い日本」を取り戻す、などという自民党のキャチフレーズに乗らない事だ。どうも気になる。
風のない静かな天気に誘われて、妻と半年振りの聖天様に出かける。
50円のお賽銭で子供達や孫の安全祈願をする。
お目当ては門前から少し離れた「辻九」という手打ちそばであるが、昼時であったので満車、そのため妻沼の農産物まで足を延ばす。
妻沼も葱が特産品で妻沼葱として販売している。
地続きの深谷とは目と鼻の先だが、あちらは深谷葱としてブランド化され高く売っている。
土も苗も作り方も同じ物なのだ。
同じような例が大分県と愛媛県を挟む豊後水道で獲れる関サバや関アジなどもブランド化して高値で取引されるが、対岸の新居浜の物は同じ海で獲れるが安い。
一度大分空港で関サバ寿司をどんなものかと食べたが、時価と書いてはあったが1貫800円もしたのに驚いて1貫で止めた。
マグロのにぎりの方が安かったのを記憶している。
高い方を通ぶって食べる。馬鹿な習性だ。
ここは歓喜院の境内で売られている聖天すしが縁起物である。
乾瓢の海苔巻きと普通の3倍ほど長く作られた稲荷寿司である。
夕飯用としてお店に行くが2パックで売れ切れとの事、良く売れるらしい。毎日の事だから結構な商売になる。
利根川を挟んで太田市側にも同じような寿司が売られているらしいが、味が違うとかでわざわざ橋を渡って買いに来る客もいるとか。
「永遠の0」は何を言わんとしているのか
妻沼の帰途、スマークに立ち寄り、Sさん推薦の映画を観た。
あの時代で戦地に行く兵士が生きて還る、ということを言う人間はかなりの異端児扱いされたに違いない。
特に軍隊内であればなおの事。
さらに、操縦を教えた生徒たちに無駄に死ぬな、と言って聞かせるのはかなり勇気のある発言であり、あの狂気の軍隊で理性を持ち続けていた人がいた事は驚きである。
実話でないにしても、このような人もいたに違いない。
昭和30年代頃か、「人間の条件」という小説がベストセラーになり、文庫本で10冊ぐらいになったのではなかろうか、それほどの長編であった。
映画化され仲代達也と新珠三千代が主演し、女性の紅涙を絞ったものだが、観ていた思い出した。
底辺が似ていると。
あの時上映された映画館は大盛座か隣の東宝だったろうか。
満員であった。便所くさい空気とひといきれの中、立ち見までして見たものだ。
今はどうであろうか、プレビの座席は400席あるが観客は3・40人程度と、空気は清浄、椅子もソフトで非常に見易い環境でゆったりと観られる。
観終わって思わず拍手をしそうになった。
しかし、Sさんが言うハンカチを忘れずにというほどでも無かった。
あの戦争末期、大勢に流されず、家族を思い、未来ある知性の死より墜落した飛行機の方が大事と公言する上官を諌める勇気、あの矜持を持ち続けたいものである。
ここ半年の間に、中韓との間がぎくしゃくしているが、最近、変に煽る論調が気になる。
確かに中国の領土意識や韓国の歴史認識が事あるたびに我が国に向けられ、不快な念に駆られる事が再三である。
しかし、ここは過去の反省に立って、日本は近隣諸国と友好関係を保ってきたのだから、「強い日本」を取り戻す、などという自民党のキャチフレーズに乗らない事だ。どうも気になる。
2014年1月12日日曜日
女三人寄れば姦しい
久し振りに「いちゃん庭」で昼食を摂る。
華蔵寺沼の南で、北部環状を北に入った所に位置する。
2・3年前、妻に誘われ寄った時、蕎麦の細く腰のある食感に感心し再度行ったところ、今度はやわやわの蕎麦が出され行くのを止めていた。
今日は陽気が小春日和になり、外出の傍ら寄ってみた。
通路を挟んで向かいの小部屋に女性だけの団体が来ていた。
婆さんの集団である。
新年会らしく着物を着ている人もいるが、話の内容が凄まじい。
「あたしが入ったのが60だから、ともちゃんはその後じゃねえかい」
「そうじゃねえよ、同じだよ」
「違うだんべが、あたしゃ入って20年だよ」
入会時期の確認をしているらしい。
別な人が、「おつかつだったんべがね」と、仲裁をする。
別のグループは、防寒対策の着重ねの話に夢中だ。
「あんまり寒いから、股引2枚かさねなきゃ寒くてどうしょうもないがね」
「あたしゃ寝巻の上に上っ張りを羽織って来たんさね」
「朝なんか厚着して寝ているから七転び八起きで、布団から畳に転げ出なきゃ起き上がれないがね」
「ほらこれが一枚だんべ、2枚・・」と、どこを捲って見せているのか分からないが、一斉に笑い転げている。
その騒々しさは店内を聾すばかりである。
女性は年を経ると山姥になると言われるが、,多分に男に近くなるようだ。
周りの目を気にせず大声で話し合う姿は、乙女の恥じらい今いずこである。
とにかく凄いの一語だ。
我が家にもいるが、あれほどでは無いような気がする。
外ではあのように振る舞っているのか分からない。
そのうち注文していたものが出て、ぱくつき始めたらしく静かになった。
パソ爺は蕎麦の盛りを頼んだが、最初に食べた味と同じで美味い。
蕎麦は、善光寺の門前近くの蕎麦屋から送られて来るという。
そうすると何時かのやわやわ蕎麦は、茹で過ぎだったのかもしれないし、予め茹でて有ったのを温め直しをして出したのか分からないが、本日のは違った蕎麦であった。
ただ蕎麦汁が塩辛いので、支払いをする時感想を述べて帰ってきた。
華蔵寺沼の南で、北部環状を北に入った所に位置する。
2・3年前、妻に誘われ寄った時、蕎麦の細く腰のある食感に感心し再度行ったところ、今度はやわやわの蕎麦が出され行くのを止めていた。
今日は陽気が小春日和になり、外出の傍ら寄ってみた。
通路を挟んで向かいの小部屋に女性だけの団体が来ていた。
婆さんの集団である。
新年会らしく着物を着ている人もいるが、話の内容が凄まじい。
「あたしが入ったのが60だから、ともちゃんはその後じゃねえかい」
「そうじゃねえよ、同じだよ」
「違うだんべが、あたしゃ入って20年だよ」
入会時期の確認をしているらしい。
別な人が、「おつかつだったんべがね」と、仲裁をする。
別のグループは、防寒対策の着重ねの話に夢中だ。
「あんまり寒いから、股引2枚かさねなきゃ寒くてどうしょうもないがね」
「あたしゃ寝巻の上に上っ張りを羽織って来たんさね」
「朝なんか厚着して寝ているから七転び八起きで、布団から畳に転げ出なきゃ起き上がれないがね」
「ほらこれが一枚だんべ、2枚・・」と、どこを捲って見せているのか分からないが、一斉に笑い転げている。
その騒々しさは店内を聾すばかりである。
女性は年を経ると山姥になると言われるが、,多分に男に近くなるようだ。
周りの目を気にせず大声で話し合う姿は、乙女の恥じらい今いずこである。
とにかく凄いの一語だ。
我が家にもいるが、あれほどでは無いような気がする。
外ではあのように振る舞っているのか分からない。
そのうち注文していたものが出て、ぱくつき始めたらしく静かになった。
パソ爺は蕎麦の盛りを頼んだが、最初に食べた味と同じで美味い。
蕎麦は、善光寺の門前近くの蕎麦屋から送られて来るという。
そうすると何時かのやわやわ蕎麦は、茹で過ぎだったのかもしれないし、予め茹でて有ったのを温め直しをして出したのか分からないが、本日のは違った蕎麦であった。
ただ蕎麦汁が塩辛いので、支払いをする時感想を述べて帰ってきた。
2014年1月9日木曜日
小学1年生の安全意識
隔週水曜日の午後、何時もの学童パトロールをしていた時の事。
4・5人の黄色い帽子の子供達が横断歩道橋を降りて来た。
橋の降りた所で何やら話し合いを始めた。
そして、そのうち何やら揉めだしてきた。
「知らない人の自動車に乗ってはいけないんだよ」
「〇〇ちゃんのお母さんだから大丈夫だよ」
「だって、先生が言っていたもん」
「〇〇ちゃんと一緒に乗るから大丈夫」
「明日先生に言うもん」
その内の一人が友達が待っている自動車に行って、何やら交渉して戻って来た。
「〇〇ちゃんのお母さんが大丈夫と言っているよ」
この時点で女の子達は乗って帰りたい側に付く。
反対は、男の子一人。
「明日先生に言ってやるから」
と言って、歩き出した。
この一言が効いたのか、今まで乗車組側の子達も黙って歩きだし帰途に着いた。
此れで一件落着したが、微笑ましいやり取りとりの半面、子供達にとっては重要な決断を迫られていたと思う。
おそらく学校としては、例え知っている人でも家族以外の自動車には乗ってはいけません、と教えているのだろう。
特に低学年生は、疑いを知らない年頃だし、痛ましい幼女誘拐事件などがある。
登下校の様子を見ても、集団で行ったり来たりしている。
海の小魚達が捕食されまいと、集団態勢でマグロやサメを追い払っているのに似ている。
それで良いのだと思う反面、世の中が荒廃して来ている現実を目の当たりにした思いである。
大人一人一人が周囲に関心を払い、注意深くしなくてはならないのかもしれないが、ごみの分別収集を例にしても、出してしまえば後は野となれ山となれの感覚だ。
身の回りの不用物は出してしまえば後は知らない。
こうして周囲の環境を汚してしまってもわれ関せず、無頓着である。
行政経費の節減などは望むべきも無い。
一事が万事この調子で行くならば、隣組の連携、コミュニケーションはますます廃れて行くに違いない。
怖い世の中になって行く。
4・5人の黄色い帽子の子供達が横断歩道橋を降りて来た。
橋の降りた所で何やら話し合いを始めた。
そして、そのうち何やら揉めだしてきた。
「知らない人の自動車に乗ってはいけないんだよ」
「〇〇ちゃんのお母さんだから大丈夫だよ」
「だって、先生が言っていたもん」
「〇〇ちゃんと一緒に乗るから大丈夫」
「明日先生に言うもん」
その内の一人が友達が待っている自動車に行って、何やら交渉して戻って来た。
「〇〇ちゃんのお母さんが大丈夫と言っているよ」
この時点で女の子達は乗って帰りたい側に付く。
反対は、男の子一人。
「明日先生に言ってやるから」
と言って、歩き出した。
この一言が効いたのか、今まで乗車組側の子達も黙って歩きだし帰途に着いた。
此れで一件落着したが、微笑ましいやり取りとりの半面、子供達にとっては重要な決断を迫られていたと思う。
おそらく学校としては、例え知っている人でも家族以外の自動車には乗ってはいけません、と教えているのだろう。
特に低学年生は、疑いを知らない年頃だし、痛ましい幼女誘拐事件などがある。
登下校の様子を見ても、集団で行ったり来たりしている。
海の小魚達が捕食されまいと、集団態勢でマグロやサメを追い払っているのに似ている。
それで良いのだと思う反面、世の中が荒廃して来ている現実を目の当たりにした思いである。
大人一人一人が周囲に関心を払い、注意深くしなくてはならないのかもしれないが、ごみの分別収集を例にしても、出してしまえば後は野となれ山となれの感覚だ。
身の回りの不用物は出してしまえば後は知らない。
こうして周囲の環境を汚してしまってもわれ関せず、無頓着である。
行政経費の節減などは望むべきも無い。
一事が万事この調子で行くならば、隣組の連携、コミュニケーションはますます廃れて行くに違いない。
怖い世の中になって行く。
2013年12月13日金曜日
芸人政治家もどきに迷わされる選挙民
都知事がお金の問題で苦境に立たされている。
庶民感覚からすれば、5千万円からの大金を無利息、期限なしで収入印紙も貼られていない紙ぺっら1枚を、借用書と言って振りかざしても誰が信用するだろうか。
政治献金であったことは間違いない。
発覚した時点で事実として認め、記載漏れかなんかにすればこれ程にはならなかったのではと思う。策士策に溺れた感がある。
政治評論家などと称して、政治を斜めに切り込んでは論評する姿勢は仮の姿で、内実は野心の塊で、権力志向の強い人だったのかもしれない。
都民は仮の姿に惑わされて投票してしまったのだ。
M、此れもテレビの中の仮の姿に拍手喝さいをして居たに過ぎない。
不肖の倅が問題ではない。
その対応が余りに身勝手な発言で、視聴者は真の姿に気づかされたのだ。
又ゾロ出て来たのがH議員だ。
維新の会との方向が合わなくなった、長老支配に疑問がある、とか何とか言って辞職願を出した。
都知事が時間の問題と、読んでの行動であることは間違いない。
ハイエナのような男だ。
こうした一連の現象は、テレビに露出するかどうかで起きるような気がする。
タレント知事がテレビで発言し、セールスをすると県が目立ち、知事も何かと話題にされる。
任期途中で鞍替えされる県民こそ馬鹿を見る事になる。
千葉県のM知事なども、TBSラジオに出まくって県のPRと自己PRしている。
此れでは毎週の様にラジオを通して選挙活動をしている、と言わざるを得ない。
最たるものは、大阪である。
大阪都構想を叫んで府知事になると、府内の都市連合を作るとか言って、途中で市長に鞍替えし内部から作り変えさせようと目論んでいる。
これなどもスタートはテレビの出演者として目立ち、その虚像に投票したに過ぎない。
大阪は、昔、ノックなどと言う訳の分らないのを参議員にしたり知事にしたりして、挙句の果てに選挙運動中に宣伝カーの中で女性運動員に猥褻な事をしたとして辞任した。
テレビも、新聞も、週刊誌も人が作るもので、多分に主観が入り込み、人気取り番組になりがちである事は否めない。
人気がある番組だからと言って、そこに出演している人が、役者の真の姿を体現している訳では無く、演じているに過ぎない事に気づくべきであろうし、その様に観て居なければならないのだと思う。
嘘なのだと。
こう見て来ると、日本は洒落で選挙をする民なのか、と疑わざるを得ない。
片や一票の格差を問題にして、選挙を無効と叫んでいる。
愚民選挙に等しい選挙結果に時間と労力と税金を使って裁判に持ち込むより、選挙がどうあるべきなのかを論じたい。
テレビ出演をした人の立候補は、何年間禁止するとか、タレント政治家はテレビのバライテェに出演させない事、などなどを検討すべきと思うが、痴呆爺さんの妄言か。
庶民感覚からすれば、5千万円からの大金を無利息、期限なしで収入印紙も貼られていない紙ぺっら1枚を、借用書と言って振りかざしても誰が信用するだろうか。
政治献金であったことは間違いない。
発覚した時点で事実として認め、記載漏れかなんかにすればこれ程にはならなかったのではと思う。策士策に溺れた感がある。
政治評論家などと称して、政治を斜めに切り込んでは論評する姿勢は仮の姿で、内実は野心の塊で、権力志向の強い人だったのかもしれない。
都民は仮の姿に惑わされて投票してしまったのだ。
M、此れもテレビの中の仮の姿に拍手喝さいをして居たに過ぎない。
不肖の倅が問題ではない。
その対応が余りに身勝手な発言で、視聴者は真の姿に気づかされたのだ。
又ゾロ出て来たのがH議員だ。
維新の会との方向が合わなくなった、長老支配に疑問がある、とか何とか言って辞職願を出した。
都知事が時間の問題と、読んでの行動であることは間違いない。
ハイエナのような男だ。
こうした一連の現象は、テレビに露出するかどうかで起きるような気がする。
タレント知事がテレビで発言し、セールスをすると県が目立ち、知事も何かと話題にされる。
任期途中で鞍替えされる県民こそ馬鹿を見る事になる。
千葉県のM知事なども、TBSラジオに出まくって県のPRと自己PRしている。
此れでは毎週の様にラジオを通して選挙活動をしている、と言わざるを得ない。
最たるものは、大阪である。
大阪都構想を叫んで府知事になると、府内の都市連合を作るとか言って、途中で市長に鞍替えし内部から作り変えさせようと目論んでいる。
これなどもスタートはテレビの出演者として目立ち、その虚像に投票したに過ぎない。
大阪は、昔、ノックなどと言う訳の分らないのを参議員にしたり知事にしたりして、挙句の果てに選挙運動中に宣伝カーの中で女性運動員に猥褻な事をしたとして辞任した。
テレビも、新聞も、週刊誌も人が作るもので、多分に主観が入り込み、人気取り番組になりがちである事は否めない。
人気がある番組だからと言って、そこに出演している人が、役者の真の姿を体現している訳では無く、演じているに過ぎない事に気づくべきであろうし、その様に観て居なければならないのだと思う。
嘘なのだと。
こう見て来ると、日本は洒落で選挙をする民なのか、と疑わざるを得ない。
片や一票の格差を問題にして、選挙を無効と叫んでいる。
愚民選挙に等しい選挙結果に時間と労力と税金を使って裁判に持ち込むより、選挙がどうあるべきなのかを論じたい。
テレビ出演をした人の立候補は、何年間禁止するとか、タレント政治家はテレビのバライテェに出演させない事、などなどを検討すべきと思うが、痴呆爺さんの妄言か。
2013年11月15日金曜日
ある日突然テレビが壊れた
たった2時間前まで見ていたテレビだったが、女房が見ようとスイッチを入れたが画像が出ないと言う。
こうなるとすぐ呼び出されるのが常である。
もっとも二人しかいないのだから仕方がないのだが。
「テレビ可笑しいよ」
「おかしいって、どうおかしいの?」
「映らないの」
「さっきまで見ていたんじゃない.電源が入っている?」
「リモコンのボタンを押したけど、画面が真っ暗のまま」
機械音痴気味の女房だから、何処をどう操作したのか分らないが行って見た。
確かに画面は真っ暗で、「しばらくお待ちください」のコメントが出ている。
アンテナの接続を確認。
カードの差し入れを繰り返す。
スイッチを入れ直す。
素人の吾輩としてはこれしか出来ない。
この間も「洗濯機の風呂水給水ポンプ」を駄目にしたばかりである。
ガスコンロの具合が悪くなったと、最初に言い出すのも女房である。
確かに使う頻度が多いのが女房であるから、現象に直面する確率は高い。
その都度、診断をさせられるのが吾輩だが、電気製品の技術者でも無い者に分かる筈もない。
適当にいじってみて最終診断を下す。
「ご臨終です」
しかしこのテレビは、2005年にアナログがデジタル化されると言いうので買い替えたもので、まだ8年しか経っていないから釈然としない。
ましてや天下のSONY製である。
他のテレビアンテナに接続して見たが真っ暗、症状は改善されないばかりか弄り回した結果、雨が降るような画面となり一層酷くなったような気がする。
「修理に出してみる?」
「保証期間は過ぎているからお金が掛かるよ、第一重くて持ち運びが大変だ」
「じゃ1台にする?」
二人だけだから別々に見る事も無いのだが、見る内容が違う。
女房はコマーシャルが無いからとNHK専門で、観る物が無いと3チャンネルで高校講座などを見ている。
吾輩はコマーシャルが有ろうとなかろうと、事件物が好きであるから観る趣味からして合わない。
「電気代が節約になるから1台にしょう。お父さんはタブレットを見ていればいんじゃない?」
確かに2人で別々に見ても無駄なようだが、テレビとタブレットでは比較にならないのを我慢してそうする事にする。
タブレットで映画をダウンロードしてみるが、画面に迫力が無い。
「探偵はバーに居る」、フランスの喜劇俳優が演じる物や西田敏行の「素敵な金縛り」「スペック」などを立て続けにダウンロードした。
料金は3日間のレンタルで1作300円程度。
映画館は高齢者割引で1000円だから、映画料金でレンタルが3作は出来る勘定となる。
安いのか高いのかわからないが、映画館に行く手間が無いだけ楽かもしれない。
こうして我が家のテレビ騒動は終息したが、人間もこの様な終末が良いような気がする。
前の日まで元気に講座のインストラクターを務め、翌朝ご臨終となっている。
苦しんだり、訳が分からなくなって周囲に迷惑を掛けたり、事故でぐちゃぐちゃになったりするのは願い下げであるが、これだけは選べない。
だからせめて意識あるうちは遣れることはして、楽しめる事は楽しんで、はい、おさらばと行きたいものだ。
こうなるとすぐ呼び出されるのが常である。
もっとも二人しかいないのだから仕方がないのだが。
「テレビ可笑しいよ」
「おかしいって、どうおかしいの?」
「映らないの」
「さっきまで見ていたんじゃない.電源が入っている?」
「リモコンのボタンを押したけど、画面が真っ暗のまま」
機械音痴気味の女房だから、何処をどう操作したのか分らないが行って見た。
確かに画面は真っ暗で、「しばらくお待ちください」のコメントが出ている。
アンテナの接続を確認。
カードの差し入れを繰り返す。
スイッチを入れ直す。
素人の吾輩としてはこれしか出来ない。
この間も「洗濯機の風呂水給水ポンプ」を駄目にしたばかりである。
ガスコンロの具合が悪くなったと、最初に言い出すのも女房である。
確かに使う頻度が多いのが女房であるから、現象に直面する確率は高い。
その都度、診断をさせられるのが吾輩だが、電気製品の技術者でも無い者に分かる筈もない。
適当にいじってみて最終診断を下す。
「ご臨終です」
しかしこのテレビは、2005年にアナログがデジタル化されると言いうので買い替えたもので、まだ8年しか経っていないから釈然としない。
ましてや天下のSONY製である。
他のテレビアンテナに接続して見たが真っ暗、症状は改善されないばかりか弄り回した結果、雨が降るような画面となり一層酷くなったような気がする。
「修理に出してみる?」
「保証期間は過ぎているからお金が掛かるよ、第一重くて持ち運びが大変だ」
「じゃ1台にする?」
二人だけだから別々に見る事も無いのだが、見る内容が違う。
女房はコマーシャルが無いからとNHK専門で、観る物が無いと3チャンネルで高校講座などを見ている。
吾輩はコマーシャルが有ろうとなかろうと、事件物が好きであるから観る趣味からして合わない。
「電気代が節約になるから1台にしょう。お父さんはタブレットを見ていればいんじゃない?」
確かに2人で別々に見ても無駄なようだが、テレビとタブレットでは比較にならないのを我慢してそうする事にする。
タブレットで映画をダウンロードしてみるが、画面に迫力が無い。
「探偵はバーに居る」、フランスの喜劇俳優が演じる物や西田敏行の「素敵な金縛り」「スペック」などを立て続けにダウンロードした。
料金は3日間のレンタルで1作300円程度。
映画館は高齢者割引で1000円だから、映画料金でレンタルが3作は出来る勘定となる。
安いのか高いのかわからないが、映画館に行く手間が無いだけ楽かもしれない。
こうして我が家のテレビ騒動は終息したが、人間もこの様な終末が良いような気がする。
前の日まで元気に講座のインストラクターを務め、翌朝ご臨終となっている。
苦しんだり、訳が分からなくなって周囲に迷惑を掛けたり、事故でぐちゃぐちゃになったりするのは願い下げであるが、これだけは選べない。
だからせめて意識あるうちは遣れることはして、楽しめる事は楽しんで、はい、おさらばと行きたいものだ。
2013年11月10日日曜日
志ん生と談志、「黄金餅」聴き比べ
タブレットの利用については先に報告したが、例えば談志の「黄金餅」を聴きたいと思った時、検索すると年代順に表示されて来る。
昭和44年、46年と亡くなる3年前のものが出て来る。
これを聴き比べると、微妙に違いが分かるのが面白い。
また他の演者と、代表的なものでは志ん生である。
人物を使い分けるのは志ん生が上手いし、江戸の雰囲気を出している。
談志の場合は、歯切れが良すぎてせせこましい。
この落語の聴き所は、願人坊主の西念が吝嗇の果てに貯め込んだ小金に気が残り、死にきれない場とそれを盗み見する隣家の金山寺味噌を売る金兵衛。
登場人物全てがその日暮らしの貧乏人で成り立っている。
その次は、弔いに行く道順の読み上げである。
これも演者によって表現が異なるが、昭和46年の談志の録音が今時の人に理解できる様な気がする。
江戸の街中を棺桶を担いで行く道順に志ん生と若干違いがあるが、一通り述べた後に現在の地名、場所、店の名前などを紹介するから身近に感じる。
長屋が有る場所は、下谷山崎町となって居るが江戸時代に在った三貧民街の一つとの事、住人も得体のしれない輩が多かったらしい。上野駅の東方に当たる一角。
それが夜中に棺桶担いだ集団が大名の門前や町々の木戸、自身番などを通って行ったとは考えにくいが、そこは落語である。
演者もそこは考えての筋書きで演じている。
弔いする寺は麻布絶口釜無村の木蓮寺と言う、金兵衛の菩提寺に設定してある。
これは架空の寺らしいが、長屋を出て13K以上の行程になるとの事。
絶口と言う地名は現在もあり、麻布プリンスホテル辺りになるらしい。
池波正太郎著の「江戸古地図散歩」などと対比させながら「黄金餅」の口述を読むと同じ地名が出て来る。
しかしかなり入り組んだ町並みで、街灯も無い中を歩くのは到底無理とわかる。
落語はそんな事を度外視して、演者の話芸を楽しむべきものなのかもしれない。
筋立てに矛盾が有ろうと、架空の滑稽物でも楽しければいいのであって、目くじら立てて聴くものではないと、インターネットや何かで調べた結論である。
昭和44年、46年と亡くなる3年前のものが出て来る。
これを聴き比べると、微妙に違いが分かるのが面白い。
また他の演者と、代表的なものでは志ん生である。
人物を使い分けるのは志ん生が上手いし、江戸の雰囲気を出している。
談志の場合は、歯切れが良すぎてせせこましい。
この落語の聴き所は、願人坊主の西念が吝嗇の果てに貯め込んだ小金に気が残り、死にきれない場とそれを盗み見する隣家の金山寺味噌を売る金兵衛。
登場人物全てがその日暮らしの貧乏人で成り立っている。
その次は、弔いに行く道順の読み上げである。
これも演者によって表現が異なるが、昭和46年の談志の録音が今時の人に理解できる様な気がする。
江戸の街中を棺桶を担いで行く道順に志ん生と若干違いがあるが、一通り述べた後に現在の地名、場所、店の名前などを紹介するから身近に感じる。
長屋が有る場所は、下谷山崎町となって居るが江戸時代に在った三貧民街の一つとの事、住人も得体のしれない輩が多かったらしい。上野駅の東方に当たる一角。
それが夜中に棺桶担いだ集団が大名の門前や町々の木戸、自身番などを通って行ったとは考えにくいが、そこは落語である。
演者もそこは考えての筋書きで演じている。
弔いする寺は麻布絶口釜無村の木蓮寺と言う、金兵衛の菩提寺に設定してある。
これは架空の寺らしいが、長屋を出て13K以上の行程になるとの事。
絶口と言う地名は現在もあり、麻布プリンスホテル辺りになるらしい。
池波正太郎著の「江戸古地図散歩」などと対比させながら「黄金餅」の口述を読むと同じ地名が出て来る。
しかしかなり入り組んだ町並みで、街灯も無い中を歩くのは到底無理とわかる。
落語はそんな事を度外視して、演者の話芸を楽しむべきものなのかもしれない。
筋立てに矛盾が有ろうと、架空の滑稽物でも楽しければいいのであって、目くじら立てて聴くものではないと、インターネットや何かで調べた結論である。
2013年10月26日土曜日
安心は妻の手作りに限る
おれおれ詐欺事件が登場して10年余が経つ。
年寄りの人情につけ込み、依然として後を絶たない。詐欺、偽装、代用、何でもござれの世の中である。
コメの産地、用途偽装に始まり、ウナギの産地加工偽装と食糧に関する詐欺まがいの商法が多発している。
そこに有名ホテルの食材取り違えメニューが発覚した。
一体どうなっているのか、日本の食を預かる業者のモラルは地に落ちたと言える。
しかし、これは1業者ばかりの問題ではなく、王侯貴族政治の時代から権力者は「民はこれに由らしむべし。これを知らしむべからず」を勝手に「従わせて置けばいいんだ、都合の悪い事は知らせないで置く」と解釈し、国民を従属させてきた事に所以しているのではないか、と想像するがどうであろうか。
日米安保密約問題、薬害問題、原発・放射能問題等々と、表面化したものだけに限らないものが隠されていると、疑いたくなる。
一国の総理大臣が、「福島は完全にコントロールされている」と世界に発信する無知蒙昧さは、大ペテン師と言われても仕方ない。
下世話の話題では、回転すしのあの低価格の秘密なども案外その辺にある様な気がしてならない。
仕入れの現場から見ている訳では無いから、「ヒラメの縁側」を100円で食べられるから「旨い、旨い」と食べていたら、「カラスかれいの縁側」だそうである。
マグロなども、市場に出せない死にマグロだったり、イクラなどもいわくつきの商品を出すらしいのだ。
回転寿司愛好家としては誠に裏切られたような、しかしあの値段ではさもありなんと諦め、2度行くのを1度にするか、行くのをやめるかで解決するが、子供達はそうは行かない。何の疑いも無くパクパク食べてご満悦である。
中國食材=偽装・農薬・非衛生の三拍子である。
その食材を国産として偽り店頭に出す、自己利益さえ出せれば食べる自国民の健康、信頼はどうでもいいのだろうか、情けないものである。
食堂なども考えて見れば調理の手元が分からない。
何処から、どの様な品物を仕入れて来るのか、味付けなども何を使うのか一切ブラックボックスである。
やはりここは妻の作る料理、例え高級食材などなく有り合せのものでも、国産、減塩、油控えめ低カロリー、手作り料理が一番安心と思って食べるしかないのである。
年寄りの人情につけ込み、依然として後を絶たない。詐欺、偽装、代用、何でもござれの世の中である。
コメの産地、用途偽装に始まり、ウナギの産地加工偽装と食糧に関する詐欺まがいの商法が多発している。
そこに有名ホテルの食材取り違えメニューが発覚した。
一体どうなっているのか、日本の食を預かる業者のモラルは地に落ちたと言える。
しかし、これは1業者ばかりの問題ではなく、王侯貴族政治の時代から権力者は「民はこれに由らしむべし。これを知らしむべからず」を勝手に「従わせて置けばいいんだ、都合の悪い事は知らせないで置く」と解釈し、国民を従属させてきた事に所以しているのではないか、と想像するがどうであろうか。
日米安保密約問題、薬害問題、原発・放射能問題等々と、表面化したものだけに限らないものが隠されていると、疑いたくなる。
一国の総理大臣が、「福島は完全にコントロールされている」と世界に発信する無知蒙昧さは、大ペテン師と言われても仕方ない。
下世話の話題では、回転すしのあの低価格の秘密なども案外その辺にある様な気がしてならない。
仕入れの現場から見ている訳では無いから、「ヒラメの縁側」を100円で食べられるから「旨い、旨い」と食べていたら、「カラスかれいの縁側」だそうである。
マグロなども、市場に出せない死にマグロだったり、イクラなどもいわくつきの商品を出すらしいのだ。
回転寿司愛好家としては誠に裏切られたような、しかしあの値段ではさもありなんと諦め、2度行くのを1度にするか、行くのをやめるかで解決するが、子供達はそうは行かない。何の疑いも無くパクパク食べてご満悦である。
中國食材=偽装・農薬・非衛生の三拍子である。
その食材を国産として偽り店頭に出す、自己利益さえ出せれば食べる自国民の健康、信頼はどうでもいいのだろうか、情けないものである。
食堂なども考えて見れば調理の手元が分からない。
何処から、どの様な品物を仕入れて来るのか、味付けなども何を使うのか一切ブラックボックスである。
やはりここは妻の作る料理、例え高級食材などなく有り合せのものでも、国産、減塩、油控えめ低カロリー、手作り料理が一番安心と思って食べるしかないのである。
2013年10月20日日曜日
長生きは したくとも人に 定めあり
NHK「ためして、ガッテン」でレビー小体型認知症を紹介していた。
聞き慣れない症例であったが、観ている内に恐ろしい病気もあると思い知らされた。
認知症のひとつであるとの事で、日本ではアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症と並び三大認知症と呼ばれているらしい。
この病気は、認知障害だけでなく、パーキンソン病のような運動障害(手足の震えなど)も併発するのが特徴であるとの事。
我々の歳になると、道に迷う、置き忘れなどの症状は日常茶飯事の事だが、妄想症状や幻視症状が出るらしい。
こういう症状を訴えると、家族や周囲の人は頭が可笑しくなったのではと、精神病院へ連れて行く。
ここで向精神薬などを処方されると症状が悪化するとの事で、初期の認定が左右する。
これは認知症だけに限らず、病気全般に当てはまる事である。
高齢者だから、十把一絡げに「加齢性〇〇ですね」で済まされかねない年頃だから、医者選びも大事な事である。
開業医から「胃炎ですね」、と言われていたのがある日胃がんの疑いがあるから病院で精密検査を、などと言われかねないご時世である。
医者選びも長生きの条件の一つである。それと食事も大事な条件である。
もっと大事なことは、毎日を楽しく、明日を思い煩わずに多くの人達と交じり合って過ごす事ではないだろうか。
聞き慣れない症例であったが、観ている内に恐ろしい病気もあると思い知らされた。
認知症のひとつであるとの事で、日本ではアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症と並び三大認知症と呼ばれているらしい。
この病気は、認知障害だけでなく、パーキンソン病のような運動障害(手足の震えなど)も併発するのが特徴であるとの事。
我々の歳になると、道に迷う、置き忘れなどの症状は日常茶飯事の事だが、妄想症状や幻視症状が出るらしい。
こういう症状を訴えると、家族や周囲の人は頭が可笑しくなったのではと、精神病院へ連れて行く。
ここで向精神薬などを処方されると症状が悪化するとの事で、初期の認定が左右する。
これは認知症だけに限らず、病気全般に当てはまる事である。
高齢者だから、十把一絡げに「加齢性〇〇ですね」で済まされかねない年頃だから、医者選びも大事な事である。
開業医から「胃炎ですね」、と言われていたのがある日胃がんの疑いがあるから病院で精密検査を、などと言われかねないご時世である。
医者選びも長生きの条件の一つである。それと食事も大事な条件である。
もっと大事なことは、毎日を楽しく、明日を思い煩わずに多くの人達と交じり合って過ごす事ではないだろうか。
2013年10月13日日曜日
3年ぶりのサイクリング?
頸椎症性脊髄症の手術をして以来サイクリングを中断していた。
それまでは、不自由ながら週に1・2度は乗り出し、東は藪塚付近、南は広瀬川と利根川の合流地点から島村の渡船で本庄側に、西は広瀬桃の木川を遡上して前橋の北部まで、北は大胡付近と青のヘルメットを被った変なおじさんが出没した。
しかし、手術後は首に負担が掛かるとの思いと、口実にして体を甘えさせてしまった。
ここ数日の陽気に誘われて、マイカーを引っ張り出し埃を払い、注油、空気を入れ乗り出して見た。
「わたしの自転車なら3台は買えるものを」と、ノタマワっている人が居るのも刺激となる。
「乗れた?」
「大丈夫」
「無理して転ばないでよ」
あくまで高齢者扱いの口ぶりが気に入らない。
「じゃ、お富士山の方へ足慣らしに行ってくる」と、薄着になって乗り出す。
両毛線に沿って西に行くが向かい風が強い。
しかし軽快。
田圃は黄金色になり、コンバインがあちこちで収穫作業している。
帰りは風に送られ楽々帰宅。
往復で約3キロぐらいか。
まあ初日はこんなものでお茶を濁して置く。
次は身支度を整え、10キロぐらいを踏破したいものと、意気込んだ様子を見せて終了。
それまでは、不自由ながら週に1・2度は乗り出し、東は藪塚付近、南は広瀬川と利根川の合流地点から島村の渡船で本庄側に、西は広瀬桃の木川を遡上して前橋の北部まで、北は大胡付近と青のヘルメットを被った変なおじさんが出没した。
しかし、手術後は首に負担が掛かるとの思いと、口実にして体を甘えさせてしまった。
ここ数日の陽気に誘われて、マイカーを引っ張り出し埃を払い、注油、空気を入れ乗り出して見た。
「わたしの自転車なら3台は買えるものを」と、ノタマワっている人が居るのも刺激となる。
「乗れた?」
「大丈夫」
「無理して転ばないでよ」
あくまで高齢者扱いの口ぶりが気に入らない。
「じゃ、お富士山の方へ足慣らしに行ってくる」と、薄着になって乗り出す。
両毛線に沿って西に行くが向かい風が強い。
しかし軽快。
田圃は黄金色になり、コンバインがあちこちで収穫作業している。
帰りは風に送られ楽々帰宅。
往復で約3キロぐらいか。
まあ初日はこんなものでお茶を濁して置く。
次は身支度を整え、10キロぐらいを踏破したいものと、意気込んだ様子を見せて終了。
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