2014年1月25日土曜日

妻沼の聖天様から「永遠の0」を観に行く

妻沼の聖天山歓喜院で遅ればせの初詣
風のない静かな天気に誘われて、妻と半年振りの聖天様に出かける。
50円のお賽銭で子供達や孫の安全祈願をする。
お目当ては門前から少し離れた「辻九」という手打ちそばであるが、昼時であったので満車、そのため妻沼の農産物まで足を延ばす。
妻沼も葱が特産品で妻沼葱として販売している。
地続きの深谷とは目と鼻の先だが、あちらは深谷葱としてブランド化され高く売っている。
土も苗も作り方も同じ物なのだ。

同じような例が大分県と愛媛県を挟む豊後水道で獲れる関サバや関アジなどもブランド化して高値で取引されるが、対岸の新居浜の物は同じ海で獲れるが安い。
一度大分空港で関サバ寿司をどんなものかと食べたが、時価と書いてはあったが1貫800円もしたのに驚いて1貫で止めた。
マグロのにぎりの方が安かったのを記憶している。
高い方を通ぶって食べる。馬鹿な習性だ。

ここは歓喜院の境内で売られている聖天すしが縁起物である。
乾瓢の海苔巻きと普通の3倍ほど長く作られた稲荷寿司である。
夕飯用としてお店に行くが2パックで売れ切れとの事、良く売れるらしい。毎日の事だから結構な商売になる。
利根川を挟んで太田市側にも同じような寿司が売られているらしいが、味が違うとかでわざわざ橋を渡って買いに来る客もいるとか。

「永遠の0」は何を言わんとしているのか
妻沼の帰途、スマークに立ち寄り、Sさん推薦の映画を観た。
あの時代で戦地に行く兵士が生きて還る、ということを言う人間はかなりの異端児扱いされたに違いない。
特に軍隊内であればなおの事。
さらに、操縦を教えた生徒たちに無駄に死ぬな、と言って聞かせるのはかなり勇気のある発言であり、あの狂気の軍隊で理性を持ち続けていた人がいた事は驚きである。
実話でないにしても、このような人もいたに違いない。

昭和30年代頃か、「人間の条件」という小説がベストセラーになり、文庫本で10冊ぐらいになったのではなかろうか、それほどの長編であった。
映画化され仲代達也と新珠三千代が主演し、女性の紅涙を絞ったものだが、観ていた思い出した。
底辺が似ていると。

あの時上映された映画館は大盛座か隣の東宝だったろうか。
満員であった。便所くさい空気とひといきれの中、立ち見までして見たものだ。
今はどうであろうか、プレビの座席は400席あるが観客は3・40人程度と、空気は清浄、椅子もソフトで非常に見易い環境でゆったりと観られる。
観終わって思わず拍手をしそうになった。
しかし、Sさんが言うハンカチを忘れずにというほどでも無かった。

あの戦争末期、大勢に流されず、家族を思い、未来ある知性の死より墜落した飛行機の方が大事と公言する上官を諌める勇気、あの矜持を持ち続けたいものである。

ここ半年の間に、中韓との間がぎくしゃくしているが、最近、変に煽る論調が気になる。
確かに中国の領土意識や韓国の歴史認識が事あるたびに我が国に向けられ、不快な念に駆られる事が再三である。
しかし、ここは過去の反省に立って、日本は近隣諸国と友好関係を保ってきたのだから、「強い日本」を取り戻す、などという自民党のキャチフレーズに乗らない事だ。どうも気になる。



2014年1月12日日曜日

女三人寄れば姦しい

久し振りに「いちゃん庭」で昼食を摂る。
華蔵寺沼の南で、北部環状を北に入った所に位置する。
2・3年前、妻に誘われ寄った時、蕎麦の細く腰のある食感に感心し再度行ったところ、今度はやわやわの蕎麦が出され行くのを止めていた。
今日は陽気が小春日和になり、外出の傍ら寄ってみた。

通路を挟んで向かいの小部屋に女性だけの団体が来ていた。
婆さんの集団である。
新年会らしく着物を着ている人もいるが、話の内容が凄まじい。
「あたしが入ったのが60だから、ともちゃんはその後じゃねえかい」
「そうじゃねえよ、同じだよ」
「違うだんべが、あたしゃ入って20年だよ」
入会時期の確認をしているらしい。
別な人が、「おつかつだったんべがね」と、仲裁をする。

別のグループは、防寒対策の着重ねの話に夢中だ。
「あんまり寒いから、股引2枚かさねなきゃ寒くてどうしょうもないがね」
「あたしゃ寝巻の上に上っ張りを羽織って来たんさね」
「朝なんか厚着して寝ているから七転び八起きで、布団から畳に転げ出なきゃ起き上がれないがね」
「ほらこれが一枚だんべ、2枚・・」と、どこを捲って見せているのか分からないが、一斉に笑い転げている。
その騒々しさは店内を聾すばかりである。

女性は年を経ると山姥になると言われるが、,多分に男に近くなるようだ。
周りの目を気にせず大声で話し合う姿は、乙女の恥じらい今いずこである。
とにかく凄いの一語だ。
我が家にもいるが、あれほどでは無いような気がする。
外ではあのように振る舞っているのか分からない。
そのうち注文していたものが出て、ぱくつき始めたらしく静かになった。

パソ爺は蕎麦の盛りを頼んだが、最初に食べた味と同じで美味い。
蕎麦は、善光寺の門前近くの蕎麦屋から送られて来るという。
そうすると何時かのやわやわ蕎麦は、茹で過ぎだったのかもしれないし、予め茹でて有ったのを温め直しをして出したのか分からないが、本日のは違った蕎麦であった。

ただ蕎麦汁が塩辛いので、支払いをする時感想を述べて帰ってきた。


2014年1月9日木曜日

小学1年生の安全意識

隔週水曜日の午後、何時もの学童パトロールをしていた時の事。
4・5人の黄色い帽子の子供達が横断歩道橋を降りて来た。
橋の降りた所で何やら話し合いを始めた。
そして、そのうち何やら揉めだしてきた。
「知らない人の自動車に乗ってはいけないんだよ」
「〇〇ちゃんのお母さんだから大丈夫だよ」
「だって、先生が言っていたもん」
「〇〇ちゃんと一緒に乗るから大丈夫」
「明日先生に言うもん」

その内の一人が友達が待っている自動車に行って、何やら交渉して戻って来た。
「〇〇ちゃんのお母さんが大丈夫と言っているよ」
この時点で女の子達は乗って帰りたい側に付く。
反対は、男の子一人。
「明日先生に言ってやるから」
と言って、歩き出した。
この一言が効いたのか、今まで乗車組側の子達も黙って歩きだし帰途に着いた。

此れで一件落着したが、微笑ましいやり取りとりの半面、子供達にとっては重要な決断を迫られていたと思う。
おそらく学校としては、例え知っている人でも家族以外の自動車には乗ってはいけません、と教えているのだろう。
特に低学年生は、疑いを知らない年頃だし、痛ましい幼女誘拐事件などがある。
登下校の様子を見ても、集団で行ったり来たりしている。
海の小魚達が捕食されまいと、集団態勢でマグロやサメを追い払っているのに似ている。

それで良いのだと思う反面、世の中が荒廃して来ている現実を目の当たりにした思いである。
大人一人一人が周囲に関心を払い、注意深くしなくてはならないのかもしれないが、ごみの分別収集を例にしても、出してしまえば後は野となれ山となれの感覚だ。
身の回りの不用物は出してしまえば後は知らない。
こうして周囲の環境を汚してしまってもわれ関せず、無頓着である。
行政経費の節減などは望むべきも無い。
一事が万事この調子で行くならば、隣組の連携、コミュニケーションはますます廃れて行くに違いない。
怖い世の中になって行く。

2013年12月26日木曜日

Internet Explorerの自動更新はOffに

最近、インターネットを利用していて気付いたのだが、言語バーの入力モードが半角Aになったまま日本語入力が出来ない状態が頻発していた。
ブログを起動させるとWebエラーメッセージが表示される。
なんて書いて有るか分からないのでその文言を切り取り、ワードパッドに貼り付けて自動翻訳を試みた。
「ERROR:Possible problem with your *.gwt.xml module file.
The compile time user.agent(ie9)does not match the runtime user.agent value(ie10).Expect more errors.」
[エラー:あなたの* gwt.xmlモジュールファイルに問題がある可能性。
コンパイル時のuser.agent(IE9)は(IE10)。より多くのエラーを期待ランタイムuser.agent値と一致しません。]
翻訳はされたが意味不明、理解全く不能。

しかし、江戸時代の人達を考えれば曲がりなりにも英語の勉強は受けた昭和の人間である。まあ能力は江戸時代の人に劣るとも、勝らないレベルだが。
何と無く理解出来たことは、インターネットの現バージョンがブログを作成した当時のものと違いますよ、コンパイル=コンピュータ上の言語変換、agent=仲介。
IEが最新過ぎますよ、とコメントしてくれたと理解しインターネットのヘルプを開いてバージョンを確認。
何と、何時の間にやらIE11となっている。
自動更新にチェックが付いているため、どんどん更新していた様だ。

そこでIE11を元に戻すべく、コントロールパネルから「プログラムと機能」を開き、「インストールされた更新プログラム」で憎きIE11を見付け、アンインストールをし、続いてIE10も削除し、IE9の旧バージョンに戻して見た。
どうやら言語バーも前の状態になり、エラー表示も出なくなった。

何でもかんでも更新プログラムをインストールすれば良い訳では無いらしい。
OSのレベルに合うバージョンで対処しないと結構使いづらい事になってしまう。
時恰も、igoogleのサービス期限が来て他のサイトを探している内にこんな状態になってしまった。


2013年12月13日金曜日

芸人政治家もどきに迷わされる選挙民

都知事がお金の問題で苦境に立たされている。
庶民感覚からすれば、5千万円からの大金を無利息、期限なしで収入印紙も貼られていない紙ぺっら1枚を、借用書と言って振りかざしても誰が信用するだろうか。
政治献金であったことは間違いない。
発覚した時点で事実として認め、記載漏れかなんかにすればこれ程にはならなかったのではと思う。策士策に溺れた感がある。
政治評論家などと称して、政治を斜めに切り込んでは論評する姿勢は仮の姿で、内実は野心の塊で、権力志向の強い人だったのかもしれない。
都民は仮の姿に惑わされて投票してしまったのだ。

M、此れもテレビの中の仮の姿に拍手喝さいをして居たに過ぎない。
不肖の倅が問題ではない。
その対応が余りに身勝手な発言で、視聴者は真の姿に気づかされたのだ。

又ゾロ出て来たのがH議員だ。
維新の会との方向が合わなくなった、長老支配に疑問がある、とか何とか言って辞職願を出した。
都知事が時間の問題と、読んでの行動であることは間違いない。
ハイエナのような男だ。

こうした一連の現象は、テレビに露出するかどうかで起きるような気がする。
タレント知事がテレビで発言し、セールスをすると県が目立ち、知事も何かと話題にされる。
任期途中で鞍替えされる県民こそ馬鹿を見る事になる。

千葉県のM知事なども、TBSラジオに出まくって県のPRと自己PRしている。
此れでは毎週の様にラジオを通して選挙活動をしている、と言わざるを得ない。

最たるものは、大阪である。
大阪都構想を叫んで府知事になると、府内の都市連合を作るとか言って、途中で市長に鞍替えし内部から作り変えさせようと目論んでいる。
これなどもスタートはテレビの出演者として目立ち、その虚像に投票したに過ぎない。
大阪は、昔、ノックなどと言う訳の分らないのを参議員にしたり知事にしたりして、挙句の果てに選挙運動中に宣伝カーの中で女性運動員に猥褻な事をしたとして辞任した。

テレビも、新聞も、週刊誌も人が作るもので、多分に主観が入り込み、人気取り番組になりがちである事は否めない。
人気がある番組だからと言って、そこに出演している人が、役者の真の姿を体現している訳では無く、演じているに過ぎない事に気づくべきであろうし、その様に観て居なければならないのだと思う。
嘘なのだと。

こう見て来ると、日本は洒落で選挙をする民なのか、と疑わざるを得ない。
片や一票の格差を問題にして、選挙を無効と叫んでいる。
愚民選挙に等しい選挙結果に時間と労力と税金を使って裁判に持ち込むより、選挙がどうあるべきなのかを論じたい。
テレビ出演をした人の立候補は、何年間禁止するとか、タレント政治家はテレビのバライテェに出演させない事、などなどを検討すべきと思うが、痴呆爺さんの妄言か。




2013年12月6日金曜日

パソコンは持っていないが講座は受ける

とう言う人が何人かいる。
初心者講座にも、三郷公民館IT講座受講者にもいた。
取り敢えず習ってみて、出来るようなら購入して使うか、との考えなのだろう。
だから、講座で2・3時間習って家に帰り、翌日全く白紙となって出て来る。
家に帰って復習すると言う過程が無いため、何時まで経っても初心の域を出ない。
これはサポートする側も大変であるし、習っている人も内容が進んで行くから追いついて来られない。

パソコン講座の方法として持ち込み講習と言う方法が有り、我々の講座でも取り入れている。
この方法の難点は、パソコンにバラつきが有りバージョンが違うと画面表示が違う。
セキュリティも不完全なものが多い。
また、我々もそれ程のエキスパートでないため、設定を弄り回すのも不慣れである。
しかしそうした講座を始めて4・5年が経過し、フリーソフトをインストールして貰ったり、セキュリティソフトを更新して貰ってどうやら無難に進捗している。

そこで考えたのが、初心者講座なども最初から持参方式にすれば予習復習が出来る人が受講し、上達が早くなると思う。
かなり微に入り細に入り、設定を使いやすい様に出来るのではないかと思う。
公のパソコンではCDデッキが略されていたり、Vista以降2世代も遅れていながら更新出来ず、時代遅れの講座を余儀なくされても使い続けなければならない。
持参パソコンならバージョンアップが自由であり、現世代に有った使い方が出来る。
ただ、Xpパソコンの様にMicrosoftのサポートが打ち切られ、そのパソコンがすんなりWindows7にバージョンアップ出来ない事態は避けられないが。

だからと言って、公のパソコンの様に、硬直した使い方をしなくても済むような気がする。
この辺りがパソコン講座の曲がり角かも知れない。
平成26年度の初心者募集では、真剣に討議して方向を定めたいと思う。
昨年並み、と言う前例踏襲は進化の激しいIT環境にそぐわないものである。
スマートホーンやタブレットが主流となって使われているのに、旧態依然としパソコン講座は考え直す時期に来ている。

2013年12月1日日曜日

安物パソコンは自己責任

これはP21の店主?の言である。
面白い人だ。
比較的近所だが、急ぎの調達以外この店に来たことが無い。
第一、ここの店員は総じてブッキラボーで、印象が良くない事も原因である。
しかし、よくよく話をすると面白い人で、パソコンを語らせるとかなりの薀蓄が有る。
客の言い分を遮り「まあお客さん、私の言う事を聞いてください」と喋らせない。
口調がベランメイ調で話す。
これじゃお客が面食らってしまう。

朝、血圧の測定値を入力して居たら、突然電源が切れ画面が真っ暗になる。
ブレーカーのヒューズでも切れたのかなと、コンセントを差し替えても起動しない。
やれやれお前もかよVistaパソコンめと、恨みがましく呟くが、この時点でデータの復元はほぼ諦めた。
が、長年入力して来た血圧測定値だけは惜しい気がしてならない。
それもここ数日のものが入っているので、なお更のことだ。
他のファイルは、定期的にDVDにバックアップを取って有ったので多少は救える。
またまたk’sに持ち込むか、購入先のコジマにするか決心がつかなまま今日まで来てしまった。

「電源が切れて起動しないのは直りますかね」
「お客さん、電源が切れると言ってもいろいろありますよ。スィッチは点灯するが起動しない、起動するがループして初期画面にならない、全く電源が入力出来ない・・・」
まあ御託を並べる店主?だと呆れたが、言われてみればその通りで、熱が有るから治りますかと、医者に聴きに行くの同じ事だ。
「こうした話は結構持ち込まれるんですよ。中を開けて見なければ何とも言えませんが、見て見ましょうか」
「そうしてくれる」
「ただネ、お客さんによっては、弄り回している内になお酷くなってしまって、怒られる事が有るんですよ」
「大丈夫、もうデータは半ば諦めているから」
「バックアップは取ってありますか」
「それ程のデータは無いから、特に自動バックアップはしていなかった」
「お客さんは少しパソコンを知っているから断って置きますが、この手のパソコンは形に拘って、熱冷却に難が有るのが欠点です」

それから滔々と喋り捲っり、パソコンメーカーは過当競争で品質を落として売っているため、故障が発生すればコスト的に修理に手が回らない現状だとか、コスト競争に明け暮れている経営方針とパソコンメーカーのサポート体制の不備を論って止まない。
話しながら器用に裏蓋のネジを外してゆき、爪を隙間に入れて裏蓋を取り外した。
「この作業で爪を何度剥がしたか、でも直せなければ料金は頂けないですからね」
「いや、診断料は払うよ」
「貰えませんよ、直して何ぼですから。これがハードデスクです。これを外して専用のケースに入れてここのパソコンで見て見ますよ」
「そのケースは幾らします」
「これは800円です」と接続して店のパソコンに接続したら中が見える。
「ハードデスクに問題が無いとすると、電源キットかマザーボードかもしれないね」
「その交換は幾らぐらい掛かる」
「マザーボードで4万円程度かね」

結局、マザーボードにショートしたような変色が有り、そこが原因と突き止めたがそっくり交換しなければならない。
K`sでも同じような事を言われた。
基盤を交換しなければならないので4・5万円位掛かると。
部品の保存期間が後3年で終わるから、それまでの物に過ぎないから勿体ないですよ。と言われ修理を諦めた。
パソコンも同じだ、Vistaの寿命は2017年4月までのサポートであるから後4年である。

ケース代800円と手間賃入れて1,000円払って引き上げ、抜き出したハードデスクをケースに着装してWindows7で覗くことにする。
パーティションが3分割されており、血圧測定値ファイルが何処に保存されてあるか見当がつかない。
片っ端から開いて見る。
見慣れたホルダー「Y-KONDOU」を探し出し、それを順次開いて行くと血圧測定値ファイルが鎮座している。
残っていたが、不思議な事に先月分と此処数日のデータが記録されていない。
確かに保存して置いたのだがと、パソコンの不思議さに首を傾げるのみであるが、取り敢えずファイルを引き出しUSBに移し替える。

そこから元に戻った積りだったが、何処かで手順が抜けてしまっていたのかケースのハードデスクが閉じない。
ランプが点いたままになっており、「安全に外せる」と言うコメントが出ないのだ。
「使用しているプログラムが有る」の一点張りで止める事が出来なくなってしまった。
こうなると素人の悲しさ、対処方法が分からない。
考えられる方法は一つ。
パソコンの電源を落とすこと以外にない、シャットダウンをしてしまった。
やはり影響が出てしまった。
ケースのハードデスクが認知しなくなってしまい、中が見られない。
どうせ一度は諦めたのだからと、今度は初期化をして外付けハードデスクとしてデータのバックアップとして利用する事にした。
ただ、ローカルデスクのままの表記で、USBの様な表記のリムーバブルデスクとはならない。外付け記憶装置に役目が変わったにも拘らず。
名前の変更でもして見ようかと考えたが、またP21へ行って店主?の能書きを聞いてからにする事にして止める。