仙台に着いたのは午後4時を回っていた。
8月下旬の夏空が消え、靄が掛かりどんよりとした薄暗い夕暮れとなっていた。
それでも道行く人の流れは喧噪を極め、東北の雄とした大都会を感じさせずにはおかないほどの賑やかさを見せている。
今夜の宿は駅の案内所で適当なホテルを紹介してもらい、チエックインすることにした。
目的があって仙台まで来たのだが、独り旅の身軽さから宿は勿論、電車の指定も取らずの行き当たりばったりの旅である。
バッグには洗面具や着古した替え用の下着が二、三日分と、コンパクトカメラが入っているだけのものだった。
ホテルもそうした軽装でしかも初老の男独りと見て前金を請求したが、特にホテルで夕食を取る積もりもないのでその方が世話がなかった。
暮れなずむ街中を横目に見て、仙台駅から石巻線に乗り込み石巻に行く事にした。魚介類が美味しいと聞いていたので目当ても無く、適当な店で軽く酒を飲み、その店の特製品とやらを注文して夕食にする予定にしていた。
車窓から見る松島湾は、夕暮れの凪の中に小島があちこちと黒い影を落としていた。
石巻駅に降り、さてどの方向に行くか分からないので、駅前にある交番で訊ねる事にした。
「公務員だからね、何処の店が良いとは言えないが、この道を行くと左に折れるのでま-すぐ行くと北上川に突き当たるので、そこを右に曲がって行くと太郎丸と言う店がある。其処は観光バスなどが立ち寄る海鮮居酒屋だから、その辺へ行ってみては。」
と、教えられその通りに30分ほど歩いた。
これが石巻の第一歩で、アーケードになっている商店街を眺めながら、この初老の男は見知らぬ通りを歩いた。
大きな川に突き当たる。
これが北上川か。
河口近くで有るから川幅が広く、悠然と流れる様は底知れぬ不気味ささえ感じられた。
目指す居酒屋は其処から5分程の所で、潮の香が漂う場所である。
観光バスも立ち寄る店にしてはこじんまりとした雰囲気で、カウンターに腰掛けがコノ字に並べられて、魚介類が目の前に並べられている。
4人掛けのテーブルが5・6脚ある。
団体は別室が有るらしい。
マグロと酒を注文した。
店員は言葉つきが違う注文を受け、一瞬俺の顔を見て「旅行ですか?」と尋ねた。
「昔、小さい時まで住んでいた、仙台の七北田に行ってみたいと思ってね。」
「今あそこに行くには地下鉄で行けますよ。」店員は親切に教えてくれた。
「昔はね、軽便鉄道と言うのが有って、蒸気機関車の小型の機関車で行き来した事を覚えているに過ぎないんだがね。」
アルコールが入って、口が滑らかになって来た。
「ここはウニが本場ですから、如何ですか。」店員が勧めて来たので、酒と一緒に頼む事にした。
「お客さんはどちらの方か知りませんが、地方に出回るウニは明礬が防腐剤として使われていますから多少匂いがしますが、ここのは採れたてですからウニそのものです。」
言われ口に入れて見ると、スーパーなどから買ってくるウニの薬品臭いにおいは全くしない。
こうして石巻での一夜に終わりを告げ、 ホテルに戻り明日行こうとしている場所の住宅地図を借り、目的地を探すことにした。
平成23年3月11日、あの石巻は一瞬にして波に浚われ跡形も無くなってしまった。
あの時道を教えて呉れた警察官、居酒屋の店員さん達はどうしているだろうか、
この身が健常ならボランティアなどで訊ねたいものと、思うだけの日々である。
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