NHKの正月恒例番組の中に「東西寄席」と言うものがある。
平成25年は東京2か所、大阪2か所の4元中継で行われた。
今回は若干趣向を変えたのか、それぞれの中継場所にお笑い界の大御所を配し、若手芸人と組み合わせて司会をすることにしたらしい。
それはそれで構わないが、新宿末広亭の「爆笑問題」と「桂米丸師」のやり取りを聞き、その非礼さに不快感を覚えた。
お笑い界では、人の生き死を話題にするのは洒落なのかどうか知らないが、寒空に老体の米丸師を立たせたまま、爆笑問題の「太田光」が話し掛ける内容は誠に無礼極まりないものである。
「死んでいるのか。」とか「影が薄く、居るのか居ないのかわからない。」などと、芸歴が3倍ほどの経歴のある大御所の米丸師を指して紹介するのである。
日テレの日曜午後5時30分の看板番組である「笑点」でも同じことが言える。
6代目円楽を襲名した「楽太郎」と司会の「桂歌丸師」との掛け合いにも生き死や暴言が出る。
歌丸師と円楽の付き合い濃密度は知る由もないが、「何だこのくそ爺」とか死んだことを話題にする。
楽太郎当時なら若気の失言と済むかも知れないが、名跡「円楽」を襲名したのだからここは考えた発言が望まれる。
TBSラジオでも暴言が飛び交う。
毎日10時30分頃からの「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」でも言いたい放題である。
集まった高齢者を肴にして話題作りをしている。
挙句の果ては「汚ねぇ婆だ、何処から湧いてきたんだ」、「くそ爺、生きてるか。」などの言葉を浴びせている。
この人間が、高齢者福祉のコメンテータとしてNHKTVなどで尤もらしく解説しているのには違和感を感じる。
「立川談志」の落語の中でも差別用語が飛び交うし、「石原慎太郎」なども自ら暴走老人などと言っているが、節度を弁えない発言をすることが勇気のある人間と捉える世相に危惧を感じる。
高齢者の生態をギャグに置き換える風潮が、ここ数年広まってきている。
「綾小路きみまろ」を始めとして、漫談や落語の枕に登場するのが老いさらばえた高齢者の言動をネタにする。
パソ爺なども反省する事が有る。
「今やっている操作を忘れても構いませんよ。人間忘れることが肝心です。そうすれば死ぬことも忘れんです。」などと発言する事が有る。
これまでお聞きになった皆様に謹んでお詫び申し上げ、2度とこの様な事を申し上げないことを誓います。
しかし、パソ爺も寄る年波でこの誓いを覚えていられるか、自信が有りません。
もしこのようなことを発言しましたら、死ぬことも恥も外聞も忘れた惚け老人と思召して、ご容赦。
2013年1月6日日曜日
2013年1月5日土曜日
「激闘大家族SP お父ちゃん泣かないで6男7女15人大家族崖っぷちそば屋奮闘記」
テレビ番組は、やらせが多いのでこの放送も眉唾ものと、嵩を括って見ていた。
しかし15人の子供の言動は自然そのもので、作られたようには見えない。
この手の番組で他にも「大家族」ものがあるが、親父が離婚を繰り返し、定職に就いているとも思えず、テレビの出演料で生活をしているのではと疑われる、所謂やらせ的で好きではない。
しかし、伊勢崎の「めんこや物語]は真実味があり、真実であってほしいと思いたい。
13人の子供が花火見物に出掛け、親から貰った貴重な小遣いをやりくりする姉、氷菓子を一口づつ食べ回したり、たこ焼きを分け与えている姿は戦後忘れていた兄弟愛である。
この窮状を打開するべく家族会議を開き、宣伝を思いつく。
子供たちがデジカメで親の作った商品を撮影し、高校生の姉がネットカフェでパソコンを駆使してチラシ作りをし、手分けして隣近所に配布して行く.
子供たちまで使って・・・・・と顰蹙を買いそうだが、正に背に腹は代えられないの思いで子供たちが考え、行動を起こしたのである。
これを人は、薄っぺらな人情喜劇を見るようだと言うかも知れないが、それで良いではないかと思う。
テレビに紹介されたのが8月頃で、それから機会有る度に店の前を通り混み具合を見ていたが、大繁盛で毎日売れ切れ御免の状態であった。
だから中々味見をする事が出来ない。
平成25年1月4日金曜日、通院の帰りに寄って見る事にした。
午前11時と言うのに駐車場はほぼ満車状態で、混み具合が想像された。
店内は右側に座敷が有り、通路を挟んで左側にカウンターとその奥まったところに4脚のテーブルが2卓、その西に調理場が有る。
昔は寿司屋で、2卓のテーブルのあるところは寿司を握る職人が居たような気がする。
話は横にそれるがカウンターの隅へ案内され、ふと横を見ると見覚えのある人が居るではないか。
偶然と言えば全くの偶然の出会いである。
現役時代に仕事上の付き合いで、別懇にして貰っていたHさんである。
退職後はお会いすることも少なく、疎遠であった。
此方から呼びかけると一瞬驚いた顔していたが、直ぐ懐かしそうに言葉を返して来た。
そして横に同席すると、連れ合いを最近無くしたことや、その後の会社の内情など語ってくれた。昔は寡黙な人だったが、一気にまくしたてるように話す変貌に内心驚き、何が彼をそうさせているかのか推し量れないでいたが、注文した「ミニソースカツ丼」が来た。
この店のお勧めは「ソースカツ丼」と聞いていたのでそれを注文して置いた。
蕎麦を頼むかと迷ったが、頼まずに正解であった。
蕎麦玉が気温の変化で繋がらず、捏ね直さなければ出来ないとの事である。
「ソースカツ丼」は揚げた鶏肉を甘醤油で味付けをしたもので、「登利平」のスモール版である。
値段は400円、年寄りには量的にも、値段的にも丁度良い。
勘定しながら相変わらずマスクをした女将に「ずーとこんなに混んでいるの?」と聞いたら、テレビの再放送があってからまた込み始めたとの事。
勘定して席を立ったら、店内に5・6人、外にも4・5人、駐車場では停めるところを探す車が1台と、なかなかの繁盛振りである。
しかしそんな混み具合でも、仕事初めなのに目の前の市役所職員の姿が無い。
何でもテレビ放送が有った頃、何故食べに行かないのかと、抗議の電話が市役所にあったそうだが、昼食は個人的なものだから職務命令を出す訳には行かない。
それに昼休み時間が無くなってしまうため、待たされるのが嫌なのだ。
恐らく放送前は馴染みのない店に行くより、行き付けの「かどや」や「じごなや」、「五エ門」に行って居たであろうし、放送後の混み具合では席取りもままならない状態となっているから寄り付かないと思う。
永く此処で商売しようとする場合、その方針でいいか疑問である。
人の噂も75日、テレビ人気など一瞬である。
1週間もすれば口の葉に上らなくなってしまうスピードである。
それを実証するのがグルメ番組で、有名店へテレビカメラが入ろうとすると断られてしまうことが有るが、これは一刻混むがそのため常連がはじき出されてしまい、波が去った後は閑古鳥が鳴く始末との事。
「めんこや」がその轍を踏まないためには、ブームが覚めない内に職員用の予約席を確保するなどして、今から身近な得意様を作って置くべきではと、余計な心配をしながら帰途についた。
しかし15人の子供の言動は自然そのもので、作られたようには見えない。
この手の番組で他にも「大家族」ものがあるが、親父が離婚を繰り返し、定職に就いているとも思えず、テレビの出演料で生活をしているのではと疑われる、所謂やらせ的で好きではない。
しかし、伊勢崎の「めんこや物語]は真実味があり、真実であってほしいと思いたい。
13人の子供が花火見物に出掛け、親から貰った貴重な小遣いをやりくりする姉、氷菓子を一口づつ食べ回したり、たこ焼きを分け与えている姿は戦後忘れていた兄弟愛である。
この窮状を打開するべく家族会議を開き、宣伝を思いつく。
子供たちがデジカメで親の作った商品を撮影し、高校生の姉がネットカフェでパソコンを駆使してチラシ作りをし、手分けして隣近所に配布して行く.
子供たちまで使って・・・・・と顰蹙を買いそうだが、正に背に腹は代えられないの思いで子供たちが考え、行動を起こしたのである。
これを人は、薄っぺらな人情喜劇を見るようだと言うかも知れないが、それで良いではないかと思う。
テレビに紹介されたのが8月頃で、それから機会有る度に店の前を通り混み具合を見ていたが、大繁盛で毎日売れ切れ御免の状態であった。
だから中々味見をする事が出来ない。
平成25年1月4日金曜日、通院の帰りに寄って見る事にした。
午前11時と言うのに駐車場はほぼ満車状態で、混み具合が想像された。
店内は右側に座敷が有り、通路を挟んで左側にカウンターとその奥まったところに4脚のテーブルが2卓、その西に調理場が有る。
昔は寿司屋で、2卓のテーブルのあるところは寿司を握る職人が居たような気がする。
話は横にそれるがカウンターの隅へ案内され、ふと横を見ると見覚えのある人が居るではないか。
偶然と言えば全くの偶然の出会いである。
現役時代に仕事上の付き合いで、別懇にして貰っていたHさんである。
退職後はお会いすることも少なく、疎遠であった。
此方から呼びかけると一瞬驚いた顔していたが、直ぐ懐かしそうに言葉を返して来た。
そして横に同席すると、連れ合いを最近無くしたことや、その後の会社の内情など語ってくれた。昔は寡黙な人だったが、一気にまくしたてるように話す変貌に内心驚き、何が彼をそうさせているかのか推し量れないでいたが、注文した「ミニソースカツ丼」が来た。
この店のお勧めは「ソースカツ丼」と聞いていたのでそれを注文して置いた。
蕎麦を頼むかと迷ったが、頼まずに正解であった。
蕎麦玉が気温の変化で繋がらず、捏ね直さなければ出来ないとの事である。
「ソースカツ丼」は揚げた鶏肉を甘醤油で味付けをしたもので、「登利平」のスモール版である。
値段は400円、年寄りには量的にも、値段的にも丁度良い。
勘定しながら相変わらずマスクをした女将に「ずーとこんなに混んでいるの?」と聞いたら、テレビの再放送があってからまた込み始めたとの事。
勘定して席を立ったら、店内に5・6人、外にも4・5人、駐車場では停めるところを探す車が1台と、なかなかの繁盛振りである。
しかしそんな混み具合でも、仕事初めなのに目の前の市役所職員の姿が無い。
何でもテレビ放送が有った頃、何故食べに行かないのかと、抗議の電話が市役所にあったそうだが、昼食は個人的なものだから職務命令を出す訳には行かない。
それに昼休み時間が無くなってしまうため、待たされるのが嫌なのだ。
恐らく放送前は馴染みのない店に行くより、行き付けの「かどや」や「じごなや」、「五エ門」に行って居たであろうし、放送後の混み具合では席取りもままならない状態となっているから寄り付かないと思う。
永く此処で商売しようとする場合、その方針でいいか疑問である。
人の噂も75日、テレビ人気など一瞬である。
1週間もすれば口の葉に上らなくなってしまうスピードである。
それを実証するのがグルメ番組で、有名店へテレビカメラが入ろうとすると断られてしまうことが有るが、これは一刻混むがそのため常連がはじき出されてしまい、波が去った後は閑古鳥が鳴く始末との事。
「めんこや」がその轍を踏まないためには、ブームが覚めない内に職員用の予約席を確保するなどして、今から身近な得意様を作って置くべきではと、余計な心配をしながら帰途についた。
2013年1月2日水曜日
横山秀夫著「64(ろくよん)」を読んで
横山秀夫氏は、「半落ち」とか「臨場」「クライマーズ・ハイ」などで知られているミステリー作家で、上毛新聞社出身である。
新聞紙上の書評で絶賛されていたので購入してきた。
読み出すと止められないストーリ構成で、655ページを2日半で読み切った。
その為、暮れの掃除は例年になく手抜きをしてしまった。
もっとも、今年は2男夫婦が戻らないのも手抜きした原因ではあるが。
内容は、警察内部の問題とマスコミの横暴さを中心に描かれたもので有る。
24年前に起きた幼児営利誘拐殺人事件を巡って、当時の警察内部の捜査ミスが新たな事件を誘発する過程を、縄張り主義と隠蔽体質に阻まれながら、一人の広報官を通して事件に迫るというものである。
因みに「64」とは事件発生の昭和64年をさし、捜査関係者の間で使われている符牒である。
その読後感の余韻が覚めない30日の午後、BSで放送された「JFK」を見て共通する事に気付いた。
「JFK」はアメリカ大統領ジョンFケネディの暗殺に関するもので、一人の地方検事が政府の調査委員会の出した結論に疑問を持って再調査するものである。
事件の背景、行政規模の大きさ、事件の深刻さは「64」と比較して格段の違いが有るが、後任のジョンソン大統領も関与してCIAと国家ぐるみの陰謀を画策し、証人を次々に暗殺して行く手口には身の毛のよだつ思いがする内容であるが、そこに感じられれるのは国家、組織に関わる権力側に都合の悪い情報は徹底的に隠されるものだと言う事である。
「大本営発表、我帝国陸海軍は、赫々たる戦果を挙げ・・」の陰で同胞は飢餓に苦しみ、海の藻屑と消えていった大東亜戦争然り。
直近の例では、福島原子力発電所の事故後、東電の調査委員会、政府の調査委員会、民間有識者による委員会が組織され、原因の究明や事故後の対処などがいろいろな角度から論議され発表されたが、全く結論が異なっているのはなぜなのか。
そこには企業の論理、政府の国民向け情報操作が複雑に織り込まれているとしか思えない。
本当の事は闇の中に隠され、国民の知る権利などは名目に過ぎない事が想像される。
権力のあるところに情報が集中し、それを取捨選別して都合の悪いものは取り除き流され、マスコミは何ら検証せずに国民に知らせているだけのものに過ぎない。
知る権利だの、情報公開などは、ほんの一片に過ぎない情報を後生大事に有り難っているのでは?と、思わずにいられない年末であった。
「民は由らしむべし,知らしむべからず」の考え方は、古来より未来永劫続くのであろうか。
新聞紙上の書評で絶賛されていたので購入してきた。
読み出すと止められないストーリ構成で、655ページを2日半で読み切った。
その為、暮れの掃除は例年になく手抜きをしてしまった。
もっとも、今年は2男夫婦が戻らないのも手抜きした原因ではあるが。
内容は、警察内部の問題とマスコミの横暴さを中心に描かれたもので有る。
24年前に起きた幼児営利誘拐殺人事件を巡って、当時の警察内部の捜査ミスが新たな事件を誘発する過程を、縄張り主義と隠蔽体質に阻まれながら、一人の広報官を通して事件に迫るというものである。
因みに「64」とは事件発生の昭和64年をさし、捜査関係者の間で使われている符牒である。
その読後感の余韻が覚めない30日の午後、BSで放送された「JFK」を見て共通する事に気付いた。
「JFK」はアメリカ大統領ジョンFケネディの暗殺に関するもので、一人の地方検事が政府の調査委員会の出した結論に疑問を持って再調査するものである。
事件の背景、行政規模の大きさ、事件の深刻さは「64」と比較して格段の違いが有るが、後任のジョンソン大統領も関与してCIAと国家ぐるみの陰謀を画策し、証人を次々に暗殺して行く手口には身の毛のよだつ思いがする内容であるが、そこに感じられれるのは国家、組織に関わる権力側に都合の悪い情報は徹底的に隠されるものだと言う事である。
「大本営発表、我帝国陸海軍は、赫々たる戦果を挙げ・・」の陰で同胞は飢餓に苦しみ、海の藻屑と消えていった大東亜戦争然り。
直近の例では、福島原子力発電所の事故後、東電の調査委員会、政府の調査委員会、民間有識者による委員会が組織され、原因の究明や事故後の対処などがいろいろな角度から論議され発表されたが、全く結論が異なっているのはなぜなのか。
そこには企業の論理、政府の国民向け情報操作が複雑に織り込まれているとしか思えない。
本当の事は闇の中に隠され、国民の知る権利などは名目に過ぎない事が想像される。
権力のあるところに情報が集中し、それを取捨選別して都合の悪いものは取り除き流され、マスコミは何ら検証せずに国民に知らせているだけのものに過ぎない。
知る権利だの、情報公開などは、ほんの一片に過ぎない情報を後生大事に有り難っているのでは?と、思わずにいられない年末であった。
「民は由らしむべし,知らしむべからず」の考え方は、古来より未来永劫続くのであろうか。
2012年12月20日木曜日
パソコンボランティア・Mellowネット発足10周年の裏話
10年前の6月、梅雨入りも近い曇天の日、伊勢崎市南公民館の1室に寄り集まった6人が、今思えば途方もない事を話し合った。
「現在進められている行政のIT講座から落ちこぼれた高齢者を、救済しようではないか。」というものであった。
内容が盛り沢山のうえ、進み方が早く、片仮名言葉が分からない、マウス操作が出来ない、ローマ字入力が出来ないなど、高齢者にとって勇んで受講して見たものの、全くのチンプンカンカンの4日で終了し、また他所の公民館なら分るのではないかと渡り歩き、結局幻滅を味わっていたのが現状であった。
集まった6人は、 平成12年群馬県長寿社会づくり財団主催「高齢者パソコン&インターネット指導者養成講座」及び翌13年同財団主催「高齢者パソコン&インターネット指導者養成フォーローアップ講座」を受講した者達であった。
構想は纏ったが、学習する場所無い、パソコン無い、テキスト無い、募集の手立てが無い等々の無い無い尽くしである。
最初に目を付けたのはシルバー人材センターであった。
此処が主催で人集めをして、我々がサポートするという形をとる事にして、交渉をしたのである。
センターとしては行政がしている事であり、態々パソコン学習に手を出すのか、とした遠慮があった。
当時、センターの事務長は市からの天下りで、そうしたことで二の足を踏んでいたのを説き伏せ、県の老人会連合会からパソコンを11台借り受ける事が出来た。
プロジェクターはシルバー人材センタと同じ会館に入っていた歯科医師会から借りて貰う事が出来た。
現役であった一人が、会社の拡大コピー機で畳1畳近いパソコンのキーボードを作って来てくれたのは説明で大助かりであった。
この現物は、三郷公民館に保存されており、現在でも使っている。
この方は、77歳でこの12月に故人となってしまい、祝賀会に顔を見せる事が出来なかった。
募集を掛けたら10人ほど集まってくれた。
テキストは、知り合いのパソコン教室主宰者から供与して貰い、それを中心に開講する事にした。
しかし、これでは官制講座と同じスタイルとなってしまうので、前日の講座で分からない事やパソコン相談を午前中に行い、午後本講座をするというスタイルをとった。
上毛新聞も噂を聞きつけ、取材に来てくれた。
翌日の紙上で、「高齢者パソコン 同世代がサポート」として報道された。
こうして紆余曲折はありましたが、大勢の協力者によって今日を迎える事が出来たのである。
「現在進められている行政のIT講座から落ちこぼれた高齢者を、救済しようではないか。」というものであった。
当時、森内閣の政策として「IT革命による不況回復」として各自治体への1億円交付でパソコンが整備され、関係団体及び社会教育機関が競ってIT講座を開講した時期であった。
伊勢崎市は、各公民館に11台、生涯学習館に22台、インターネット接続完備。
テキストは県の情報管理課が作成したもので、此れが公式テキストで全県に配布され使用された。
官制IT講座は、今でも同じらしいのだが4日間でパソコンのイロハ、Paintでのマウスの練習、初歩のWord、Excel、インターネットとメールを若い女性講師が、文字通りマニュアル通りの教え方をしていた。内容が盛り沢山のうえ、進み方が早く、片仮名言葉が分からない、マウス操作が出来ない、ローマ字入力が出来ないなど、高齢者にとって勇んで受講して見たものの、全くのチンプンカンカンの4日で終了し、また他所の公民館なら分るのではないかと渡り歩き、結局幻滅を味わっていたのが現状であった。
集まった6人は、 平成12年群馬県長寿社会づくり財団主催「高齢者パソコン&インターネット指導者養成講座」及び翌13年同財団主催「高齢者パソコン&インターネット指導者養成フォーローアップ講座」を受講した者達であった。
官制講座とは違った「高齢者に分かり易く、丁寧に、長期間の講座」を立ち上げ、高齢者の学習意欲の手助けをする、こうしたパソコンボランティア活動の呼び掛けに応じた6人が共鳴して行動を共にすることになった。
しかし、集まった6人は公的資格などなく、教育経験もないずぶの素人で多少パソコンがいじれる程度の者から、仕事でパソコンに従事していたリタイヤした者とか、技術の差が有る。構想は纏ったが、学習する場所無い、パソコン無い、テキスト無い、募集の手立てが無い等々の無い無い尽くしである。
最初に目を付けたのはシルバー人材センターであった。
此処が主催で人集めをして、我々がサポートするという形をとる事にして、交渉をしたのである。
センターとしては行政がしている事であり、態々パソコン学習に手を出すのか、とした遠慮があった。
当時、センターの事務長は市からの天下りで、そうしたことで二の足を踏んでいたのを説き伏せ、県の老人会連合会からパソコンを11台借り受ける事が出来た。
プロジェクターはシルバー人材センタと同じ会館に入っていた歯科医師会から借りて貰う事が出来た。
現役であった一人が、会社の拡大コピー機で畳1畳近いパソコンのキーボードを作って来てくれたのは説明で大助かりであった。
この現物は、三郷公民館に保存されており、現在でも使っている。
この方は、77歳でこの12月に故人となってしまい、祝賀会に顔を見せる事が出来なかった。
募集を掛けたら10人ほど集まってくれた。
テキストは、知り合いのパソコン教室主宰者から供与して貰い、それを中心に開講する事にした。
しかし、これでは官制講座と同じスタイルとなってしまうので、前日の講座で分からない事やパソコン相談を午前中に行い、午後本講座をするというスタイルをとった。
上毛新聞も噂を聞きつけ、取材に来てくれた。
翌日の紙上で、「高齢者パソコン 同世代がサポート」として報道された。
こうして紆余曲折はありましたが、大勢の協力者によって今日を迎える事が出来たのである。
2012年12月5日水曜日
paintとwordのコラボレーション
世の中には描画編集フリーソフトが数多く出回っている。
しかし、わざわざダウンロードしなくても手持ちのパソコンの中にはそれを上わ回る機能はないが、結構お遊びが出来るソフトが付属している。
Paint6はWindows7になってバージョンアップされたので、旧来のPaintに手慣れた人は扱い難いものに感じられると思いますが、Word2010に加えられた「背景の削除」とPain6の組み合わせで面白い編集が出来ることが分かった。
サンプルピクチャに入っているペンギンを親子の集団にしたり、10月11日に紹介したウミガメに子・孫亀を乗せたり、オオワシを集団にしたり又芙蓉の花びらだけ切り取ったりする事が出来る。
「新火曜パソコンクラブ」で紹介したテキストをご覧頂ければ分かりますが、画像の配置で変化を見せたり、写真に名前を入れ背景の修正をしたりした例を表示しました。
今回は、WindowsSkydriveに投稿したのでご覧ください。
下記のアドレスをクリックして見てください。
https://skydrive.live.com/?cid=91b4ebc5d2c81223#!/view.aspx?cid=91B4EBC5D2C81223&resid=91B4EBC5D2C81223%21138&app=Word
Googleドライブで開く場合は、下記をクリック。
https://docs.google.com/file/d/0B-zR4zRoVEYba2NxcThLWTVhejA/edit
【ペンギンの編集例】

左図は、サンプルピクチャーの原画ですが、これをWord2010の【背景の削除】でペンギンだけ切り抜き、画像としてピクチャーに保存します。
それをペイント2画面にして、片方に原画を開き、別な画面に切り抜き画像を開いてペイントで編集、縮小、左右回転をして貼り付けたものです。
右図は同じペンギンの画像を、上記の操作をして重ね合わせたものです。
しかし、わざわざダウンロードしなくても手持ちのパソコンの中にはそれを上わ回る機能はないが、結構お遊びが出来るソフトが付属している。
Paint6はWindows7になってバージョンアップされたので、旧来のPaintに手慣れた人は扱い難いものに感じられると思いますが、Word2010に加えられた「背景の削除」とPain6の組み合わせで面白い編集が出来ることが分かった。
サンプルピクチャに入っているペンギンを親子の集団にしたり、10月11日に紹介したウミガメに子・孫亀を乗せたり、オオワシを集団にしたり又芙蓉の花びらだけ切り取ったりする事が出来る。
「新火曜パソコンクラブ」で紹介したテキストをご覧頂ければ分かりますが、画像の配置で変化を見せたり、写真に名前を入れ背景の修正をしたりした例を表示しました。
今回は、WindowsSkydriveに投稿したのでご覧ください。
下記のアドレスをクリックして見てください。
https://skydrive.live.com/?cid=91b4ebc5d2c81223#!/view.aspx?cid=91B4EBC5D2C81223&resid=91B4EBC5D2C81223%21138&app=Word
Googleドライブで開く場合は、下記をクリック。
https://docs.google.com/file/d/0B-zR4zRoVEYba2NxcThLWTVhejA/edit
【ペンギンの編集例】

左図は、サンプルピクチャーの原画ですが、これをWord2010の【背景の削除】でペンギンだけ切り抜き、画像としてピクチャーに保存します。それをペイント2画面にして、片方に原画を開き、別な画面に切り抜き画像を開いてペイントで編集、縮小、左右回転をして貼り付けたものです。
右図は同じペンギンの画像を、上記の操作をして重ね合わせたものです。
2012年12月1日土曜日
気忙しい1ヶ月でした
あの暑さは何処へ行ったんでしょうか。
何か映画の台詞のような言葉が出るこの頃です。
11月は投稿する気分になれなかった。
「Mネット発足10周年記念及び社会福祉大会感謝状授賞記念祝賀会」の招待者名簿作りが難航し、ようやくまとまり往復はがきを投函したのが11月26日日曜日となってしまった。
資料整理が悪いというか、Mネットを退会した人達を拾い出すのは役員の記憶の奥底を探し回り、一人ひとりピックアップしての名簿作りであった。
「去る者は日日に疎し」では無いが、記憶の曖昧さに今更ながら驚く。
結果的に15人の元会員の住所・郵便番号・氏名を調べ出した。
実際は16人であるが、お一人は現役で亡くなられているので15人となった。
次は来賓者を何処まで絞るか、余り範囲を広げても迷惑をお掛けする事になるし、絞り過ぎても忘恩の誹りを免れないから、ここは慎重に検討をして4人とした。
Mネット10年の経過の中で、未熟なボランティア活動に協力してくれ、何かと鞭撻して今日のMネットにしてくれたグループから全員とは行かないから代表者と役員2人に絞り、8団体16人としたがこれがまたまた難航し、3.4年の空白があるところは代表者が交代したり、体の具合が悪い方などが居たりして、年月の残酷さをつくづくと感じさせられた。
だから、同行者を決めるのもかなり時間が掛ってしまった。
こうして名簿が出来、ご出席案内文案も幾多の推敲を重ねて出来上がり、さて印刷ウィザードを使って往復はがきをと、簡単に考えていたら忘れていました。
あんなに講座で話し、教えていた使い方が途切れ途切れで、またまた難航しテスト刷りを繰り返して何とか出来た。
何しろ祝賀会開催日は12月18日火曜日午後12時30分と決め、返信期限を12月10日としているからやや遅きに失する感が否めないが、まあまあスタートした。
そこに三郷公民館IT講座が11月26日スタートとなっているから、資料作りがあり何とか無事こなさなければならない。
昨年も担当しているのだからジタバタしなくてもよさそうだが、今回はダイソーのテキストを使うので内容を合わせなければならない。
ここでスライドを見せ、動画はこの前にするとしたストリー作りもして臨んだが、どうもぎくしゃくした進行をしてしまった。
小生の4日目はメールの使い方で、これで担当は終わりであるが、いとも不可思議な現象に悩まされ受講者も消化不良となる講座となってしまった。
公民館のRANシステムはプロバイダに1回線繋ぎ、ルーターに11台のパソコンがぶら下がっている訳で、珍しくも何でも無いのだがここで奇怪現象が出たのである。
パソコン側のプライベートIPアドレスが送受信する度に書き換えられてしまうのだ。
最初、メールの受信感覚を味わってもらうため、講師パソコンから受講者10人のパソコンに一斉送信をしたところ、1台が未受信となっていた。
予め調べてあったアドレスの入力は間違っていない。
ここで疑問に思って良く調べればよかったのだが、未受信パソコンの表示されていたIPアドレスをそのまま再入力して受信させてしまった。
一応送受信が出来る確認をしたので、受講者同士で送受信の練習を始めたところ、大混乱となってしまった。
送った相手に届かない、別のパソコンに送信されるとした現象が出て、成功したのは10台中2台のみで散々な結果になってしまった。
予め調べてあったアドレスが、別なものに書き換えられているから届かない。
仕方なくメールのシステムを解説して, お茶を濁すような講座となってしまった。
何とも後味に悪い終了であった。
「この!未熟者」と、お叱りを受けそうである。
何か映画の台詞のような言葉が出るこの頃です。
11月は投稿する気分になれなかった。
「Mネット発足10周年記念及び社会福祉大会感謝状授賞記念祝賀会」の招待者名簿作りが難航し、ようやくまとまり往復はがきを投函したのが11月26日日曜日となってしまった。
資料整理が悪いというか、Mネットを退会した人達を拾い出すのは役員の記憶の奥底を探し回り、一人ひとりピックアップしての名簿作りであった。
「去る者は日日に疎し」では無いが、記憶の曖昧さに今更ながら驚く。
結果的に15人の元会員の住所・郵便番号・氏名を調べ出した。
実際は16人であるが、お一人は現役で亡くなられているので15人となった。
次は来賓者を何処まで絞るか、余り範囲を広げても迷惑をお掛けする事になるし、絞り過ぎても忘恩の誹りを免れないから、ここは慎重に検討をして4人とした。
Mネット10年の経過の中で、未熟なボランティア活動に協力してくれ、何かと鞭撻して今日のMネットにしてくれたグループから全員とは行かないから代表者と役員2人に絞り、8団体16人としたがこれがまたまた難航し、3.4年の空白があるところは代表者が交代したり、体の具合が悪い方などが居たりして、年月の残酷さをつくづくと感じさせられた。
だから、同行者を決めるのもかなり時間が掛ってしまった。
こうして名簿が出来、ご出席案内文案も幾多の推敲を重ねて出来上がり、さて印刷ウィザードを使って往復はがきをと、簡単に考えていたら忘れていました。
あんなに講座で話し、教えていた使い方が途切れ途切れで、またまた難航しテスト刷りを繰り返して何とか出来た。
何しろ祝賀会開催日は12月18日火曜日午後12時30分と決め、返信期限を12月10日としているからやや遅きに失する感が否めないが、まあまあスタートした。
そこに三郷公民館IT講座が11月26日スタートとなっているから、資料作りがあり何とか無事こなさなければならない。
昨年も担当しているのだからジタバタしなくてもよさそうだが、今回はダイソーのテキストを使うので内容を合わせなければならない。
ここでスライドを見せ、動画はこの前にするとしたストリー作りもして臨んだが、どうもぎくしゃくした進行をしてしまった。
小生の4日目はメールの使い方で、これで担当は終わりであるが、いとも不可思議な現象に悩まされ受講者も消化不良となる講座となってしまった。
公民館のRANシステムはプロバイダに1回線繋ぎ、ルーターに11台のパソコンがぶら下がっている訳で、珍しくも何でも無いのだがここで奇怪現象が出たのである。
パソコン側のプライベートIPアドレスが送受信する度に書き換えられてしまうのだ。
最初、メールの受信感覚を味わってもらうため、講師パソコンから受講者10人のパソコンに一斉送信をしたところ、1台が未受信となっていた。
予め調べてあったアドレスの入力は間違っていない。
ここで疑問に思って良く調べればよかったのだが、未受信パソコンの表示されていたIPアドレスをそのまま再入力して受信させてしまった。
一応送受信が出来る確認をしたので、受講者同士で送受信の練習を始めたところ、大混乱となってしまった。
送った相手に届かない、別のパソコンに送信されるとした現象が出て、成功したのは10台中2台のみで散々な結果になってしまった。
予め調べてあったアドレスが、別なものに書き換えられているから届かない。
仕方なくメールのシステムを解説して, お茶を濁すような講座となってしまった。
何とも後味に悪い終了であった。
「この!未熟者」と、お叱りを受けそうである。
2012年11月7日水曜日
人並みに風邪をひきました
10月24日、朝、気分優れず。しかし、生徒が待っているので学習館に出掛ける。
翌25日、喉の痛みあり。熱なし。
26日、皮膚と関節に痛みあり。熱は測るも平熱の範囲。
しかし明日は土曜日のため、念のため受診する事にする。
何故なら、パソ爺の発熱の初期症状は皮膚と関節の痛みが始まりだから。
受付の可愛い女の子が「お熱を測ってください。」と、体温計を差し出したが、何を思ったのか机の上の機械でパソ爺の額を目掛けピッと、光線らしきものを当てた。
「7度6分ですね。」
暫く待たされて医師の診断。
喉を見てから聴診器を胸、背中に当てて終わり。
「風邪ですね。」
5日分の薬を処方されて家路につく。
早速1回分を飲み、床に就く。
うとうとしている内に夕方になると、体に微妙な悪寒が来る。
熱を測ってみると、8度9分。
悪寒ますます強くなり、震えが止まらなくなる。
鼻腔が猛烈に痛く、息をするのも辛い。
しかし息をしなければ死んでしまうから口呼吸をしたり、鼻に冷たい濡れタオルを当て呼吸を冷却する。
2回目の薬を飲まなければならないから夕食を摂るが、「麦畑」の一節「食器を持つ手が震えてる・・♪♪・・」の状態。
薬を服用して床に入るが頻尿になってしまい、1時間置きに起き出さなければならないのが大変。
見兼ねて妻が持ってきたのが尿取器。
日赤で経験済みだが、これがなかなか難しい代物である。
筒先を差し込むようにして排尿するのだが、寝てたままの姿勢だから平衡感覚を保つのが難し。
日赤の時は1時間置きに看護師さんが巡回し、綺麗にしてくれていたが家ではそうはゆかない。
第一、外に溢すな松茸の露を溢したら寝床が浸水してしまう。
狭い家だから匂いが充満してしまう恐れがある。
結局使う事も無く、一夜を明かす。
熱があるためか、熟睡出来ないまま思い浮かんだのが芭蕉の「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」の句である。
旅先でもなく、自宅の居間で寝ているのに、なぜかこの句が出て来た。
芭蕉が老いた身を旅先の宿で呻吟している状態と、この76歳の老いたパソ爺が同一感覚となると言う事は、人間老い先短くなるとこうした心境になるのであろうか。
27日一日就寝。夕方37度台となる。
28日一日就寝。36度台となりやや改善の兆し。
29日妻が同一症状で受診。
30日かなり改善。この週は2講座とも休講にしてあったので気楽にしていられる。
31日薬が終わったので再度受診。帰りに買い物をして帰る。
こうして丸1週間、風邪と戦い、克服できた。
妻は熱も出なく鼻水で治まり一安心。健康な妻に感謝。
何故ななら、寝込まれては病み上がりが看病をしなければならなくなる。
落語の「厩火事」の中で、ぐうたら亭主の気持ちを確かめる女房が、わざと亭主の大事にしている骨董品を壊し怪我をする。
それを気遣う亭主に「お前さん、そんなに私の方が心配なのかい?」と、嬉しそうに聞くと、「なあに、お前に怪我をされると、明日から遊んでいられなくなるから」と、答える件がある。
パソ爺はそんな気持ちではありませんよ。
あくまで女房丈夫で、働いてくださいが心情である。
あれ?ぐうたら亭主と同じか。
翌25日、喉の痛みあり。熱なし。
26日、皮膚と関節に痛みあり。熱は測るも平熱の範囲。
しかし明日は土曜日のため、念のため受診する事にする。
何故なら、パソ爺の発熱の初期症状は皮膚と関節の痛みが始まりだから。
受付の可愛い女の子が「お熱を測ってください。」と、体温計を差し出したが、何を思ったのか机の上の機械でパソ爺の額を目掛けピッと、光線らしきものを当てた。
「7度6分ですね。」
暫く待たされて医師の診断。
喉を見てから聴診器を胸、背中に当てて終わり。
「風邪ですね。」
5日分の薬を処方されて家路につく。
早速1回分を飲み、床に就く。
うとうとしている内に夕方になると、体に微妙な悪寒が来る。
熱を測ってみると、8度9分。
悪寒ますます強くなり、震えが止まらなくなる。
鼻腔が猛烈に痛く、息をするのも辛い。
しかし息をしなければ死んでしまうから口呼吸をしたり、鼻に冷たい濡れタオルを当て呼吸を冷却する。
2回目の薬を飲まなければならないから夕食を摂るが、「麦畑」の一節「食器を持つ手が震えてる・・♪♪・・」の状態。
薬を服用して床に入るが頻尿になってしまい、1時間置きに起き出さなければならないのが大変。
見兼ねて妻が持ってきたのが尿取器。
日赤で経験済みだが、これがなかなか難しい代物である。
筒先を差し込むようにして排尿するのだが、寝てたままの姿勢だから平衡感覚を保つのが難し。
日赤の時は1時間置きに看護師さんが巡回し、綺麗にしてくれていたが家ではそうはゆかない。
第一、外に溢すな松茸の露を溢したら寝床が浸水してしまう。
狭い家だから匂いが充満してしまう恐れがある。
結局使う事も無く、一夜を明かす。
熱があるためか、熟睡出来ないまま思い浮かんだのが芭蕉の「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」の句である。
旅先でもなく、自宅の居間で寝ているのに、なぜかこの句が出て来た。
芭蕉が老いた身を旅先の宿で呻吟している状態と、この76歳の老いたパソ爺が同一感覚となると言う事は、人間老い先短くなるとこうした心境になるのであろうか。
27日一日就寝。夕方37度台となる。
28日一日就寝。36度台となりやや改善の兆し。
29日妻が同一症状で受診。
30日かなり改善。この週は2講座とも休講にしてあったので気楽にしていられる。
31日薬が終わったので再度受診。帰りに買い物をして帰る。
こうして丸1週間、風邪と戦い、克服できた。
妻は熱も出なく鼻水で治まり一安心。健康な妻に感謝。
何故ななら、寝込まれては病み上がりが看病をしなければならなくなる。
落語の「厩火事」の中で、ぐうたら亭主の気持ちを確かめる女房が、わざと亭主の大事にしている骨董品を壊し怪我をする。
それを気遣う亭主に「お前さん、そんなに私の方が心配なのかい?」と、嬉しそうに聞くと、「なあに、お前に怪我をされると、明日から遊んでいられなくなるから」と、答える件がある。
パソ爺はそんな気持ちではありませんよ。
あくまで女房丈夫で、働いてくださいが心情である。
あれ?ぐうたら亭主と同じか。
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